2015年1月31日土曜日

ありのまま (297/365)

「歌・こよみ365」のチャレンジは2012年12月からスタートして2013年11月23日のライブで全曲完成の告知がありました(このブログについて―「歌・こよみ365」とは)。

「ありのまま」と言えば、ディズニー映画「アナと雪の女王」の主題歌「Let It Go」の邦題が「レット・イット・ゴー〜ありのままで〜」ですが、「アナと雪の女王」の公開は米国が2013年11月11月27日、日本が2014年3月14日です。つまり、この曲とは無関係です。

悲しさ」に対して「生きるということは」、「寂しさ」に対して「愛するということは」が「きっと そういうこと」と続きます。

最後は

ありのまま その力を 信じて

で終わり、単なるあきらめでは終わりません。

ところで、この曲に「たゆたう」という言葉が出てきます。

聞き慣れない単語なので調べてみました。

たゆた・う【揺蕩う】タユタフ
(1) かなたこなたへゆらゆらと動いて定まらない。ただよう。万葉集(11)「大船の―・ふ海に重石(いかり)おろし」
(2) 心が動いて定まらない。ためらう。躊躇する。栄華物語(浦々別)「つつましき世の有様なれば思し―・ふべし」

広辞苑第6版

「揺蕩う」または「猶予う」とも書くそうです。しかし、「かなたこなたへ」という表現もなかなかのものです(「彼方此方」ですね)

2015年1月30日金曜日

出会い (296/365)

人生で、とても大事な出会いというものが何度かあるものです。一度会っただけの人でも、大事な言葉をもらうことがあります。

面白いのは、本人にとって一生を変える言葉だったのに、言った方は案外何も考えていなくて、言葉はもちろんあったことさえ忘れていることまであります。

悪い言葉でも同じで、学生時代にいじめられていた人が、大人になっていじめた人に「こんなことを言った」と詰め寄っても覚えていないことが多いそうです。

結局、自分が相手の言葉を受け入れる余地があるかどうかという問題みたいです。

評論家の内田樹(うちだたつる)氏の著書「先生はえらい」にも、そうした内容が書いてありました。学ぶ気持ちさえあれば、誰からでも学べると。

面白いのは、誰からでも学べるなら自習でもいいだろうと考えても、誰か相手がいないと、学びにくいことです。そういうもんみたいですね。


先生はえらい (ちくまプリマー新書)

2015年1月29日木曜日

気持ちを強く持って (295/365)

いまだに「女性が働く」というと大げさな話になってしまうようです。

男女雇用機会均等法の施行が1985年、これは「女性差別撤廃条約」の批准のために必要な法律として制定されました。法律と条約では、一般に、法律と条約では、条約の方が優先されるため、条約に合わせて法律が制定または改正されます。

よく「これは差別ではなく区別だ」と言われますが、「女性差別撤廃条約」では差別と区別の両方を禁止しています。例外は、母性(出産)に関連することだけです(育児は例外ではありません)。

特に苦労せず、残業も適当にこなし、「ふつうに」働いている男性が多いのに、なぜ女性だけ頑張らないといけないのでしょうか。テレビドラマでも「働く女性」は特別できる人か、補助職か、いずれにしても特別扱いです。18歳以上の独身女性の大半と、既婚女性の過半数が賃金労働をしている現在、わざわざ「頑張って働く」必要もないでしょう。

この曲の女性が何歳か分かりませんが、たとえば28歳の男性が会社勤めをしていたら、仕事にも自身が出てきた頃で、ちょっとしたプロジェクトのリーダーになり、調子に乗って失敗して、お客さんに叱られる時期です。でも、ドラマにはそもそも28歳の「ふつうの」女性は出てきません。

友人は、結婚式の時、新婦の親戚から「お仕事は何をしていらっしゃるのですか」と聞かれて「妻が理解あるので、おかげさまでフルタイムで働いております」と言ったそうです。

彼なりのジョークですが、あまり通じなかったようです。

戦いたいわけじゃない だけど
それくらいの気持ちで生きていかなきゃやっていけない

というのは、本当に切実な気持ちなのでしょう。

女性でも男性でも、そんなに気負わなくても、気軽に仕事ができるような世の中になって欲しいものです。

2015年1月28日水曜日

妹よ (294/365)

「大切な恋人の妹であるあなた」の歌ですが、この妹さん、どういう方なのでしょう。気になった部分をいくつか抜き出します。

あなたが傷ついたら僕らも悲しいし
あなたが笑うと僕らも嬉しい

無邪気なあなた

僕らふたり あなたに
どれだけ支えてもらっているのだろう

僕らが喧嘩する度 あなたが空気を直してくれる

あなたには笑っていて欲しい
幸せになって欲しいと願っている

このフレーズは、一般的な大人ではなく、幼い子供のような印象を受けます。しかし「恋人の妹」が、それほど幼いのは考えにくいでしょう。

何十回か聞いた結果、私の想像力で考えられるのは2つでした。

  • 妹さんを溺愛している
  • 妹さんは何か心身のハンディキャップがある(そして妹さんを愛している)

的外れだったらごめんなさい。

家族を愛するのは素晴らしいことですし、社会的弱者を守っていくことは家族だけでなく、社会的にも大事なことなので、いずれにしても妹さんを含めて、皆さん幸せになっていただきたいと思います。

ナチスなんかは、ハンディキャップを持った人を社会の損失と考えていたようですが、もちろんそんなことはありません。

知的障害をサポートすることは、少子化に悩む日本の労働力に貢献します。

また、身体的な障害をサポートすることは、健常者にも恩恵があります。音声で階数を通知するエレベーターは、視覚障害者だけでなく、満員で身動きが取れないときにも役立ちます。テレビの字幕は、何らかの理由で音を出せないときにも役立ちます。

聞けば、社会的弱者を守ることが、人類の生き残り戦略なんだそうです。

【Yahoo! 知恵袋】
弱者を抹殺する。不謹慎な質問ですが、疑問に思ったのでお答え頂ければと思います...

2015年1月27日火曜日

新聞配達 (293/365)

徹夜明け、夏の場合は周囲が明るくなってきてもまだ活動時間ではありませんし、冬の場合はまだ暗くても世の中が動き出します。

朝と夜の境界はどこなのでしょう。

ラジオ番組だと、深夜1時から3時の番組は夜、3時から5時の番組が終わったら完全な朝という感じでしょうか。

宮崎奈穂子さんは、こんなことをTwitterで書いてました。

新聞配達が境界なんですね。

学生時代、友人が新聞配達のアルバイトをしていましたが、本当に尊敬します。彼女は「朝が早いだけで、どうってことない」と言ってましたが、1軒1軒訪ねて新聞を投函するのは決して簡単なことじゃありません。

「どんどん軽くなるので、牛乳配達よりマシ」とも言ってましたが、牛乳配達の習慣はもうないですね。

夏はともかく、冬はまだ真っ暗だし、寒いし、休みも少ないし、本当に尊敬します。

ちなみに、出勤が遅れると、自転車に新聞がくくりつけられていて、すぐに乗って行けるようになってると笑ってました。

元同僚の友人は、サラ金に借金をして、働きながら新聞配達のアルバイトをしていたそうです。おかげで、神戸の震災で自宅が全壊したときも本人は無傷だったとか。何が幸いするか分からないものです。

2015年1月26日月曜日

今の私の精一杯 (292/365)

「堪えなくていいから」「頑張りすぎじゃない」「頑張ってるね」と、たまには言って欲しいけど、悩んでる暇はないから精一杯頑張るという歌です。

実際に「大丈夫?」って心配されたら「大丈夫」って笑って答えるだろうけど、もう一歩踏み込んで「大丈夫じゃないくせに」と言って欲しいようです。

これはなかなか難しいですね。昔読んだ小説に「入院中にお見舞いに来た人に『元気?』と聞かれたら『元気です』と答える自信がある」という台詞がありました。ちょっと似てますね。

「大丈夫?」と聞いて「大丈夫」と答えたとき、本当に大丈夫なときと、本当は大丈夫じゃない場合があります。

本当に大丈夫なときに「大丈夫じゃないくせに」と言われるのは結構面倒くさいものですが、大丈夫じゃないときは嬉しいものです。

実際はどうなのかは本人しか、いや本人ですら分からないことがあります。本人が分からない場合は結構深刻で、ずっと続くと次に待っているのは過労死かうつ病です(うつ病については諸説あるのではっきりした因果関係は分かりませんが)。

宮崎奈穂子さんも、最近は週5日くらい路上ライブに出ているようですが、無理していないことを願っています。

ところで、この曲の「夢に一直線に進むために」というフレーズがとても好きです。いつものように全く通じないと思いますが。

2015年1月25日日曜日

私は誰かの一杯のコーヒーのような存在になりたい (291/365)

コーヒーを好む人はたくさんいます。嗜好品なので、嫌いな人も特に好きじゃない人もいるでしょうが、好きな人にとっては欠かせないものです。

朝のコーヒーは、

コーヒーを淹れたら 仕事モード、スイッチ オン

ですし、午後は眠気覚ましに、夕方はもうひとがんばりするきっかけになります。

味にバリエーションを付けることもできて

ときにはお砂糖で優しく
とくにはたっぷりのミルクで マイルドに

ということもできます。

そして、この方

だから今日も笑顔で 駅ナカカフェでオーダーを取る

ということで、カフェの店員さんなんですね。

コーヒーの持つ力を、自分がやりたい仕事にたとえ、その仕事が実はコーヒーを出す仕事だというつながりです。

カフェの店員と言えば、スターバックスの店員さんの平均レベルはかなり高いと思います。たとえば、客と店員のラインをはっきりさせた上で、ちょっとした会話にはきちんと答えてくれます。

カスタマイズにもしっかり答えてくれ、間違いもほとんどありません。別のチェーン店で「○○ラテにエスプレッソショットを追加して、ホイップクリームを抜いて」と言ったら慌てたらしく「○○は入れますか?」と聞かれたことがあります。「○○抜いたら○○ラテじゃないですよね」と言ったら苦笑していました。

スターバックスは、世界中どこで買った豆でも挽いてくれるサービスがあります。シアトルのスターバックス1号店には、そこでしか売っていない豆があるのでお土産に買い「挽いてくれ」と言ったら(明らかに旅行者の私を見て)「味が落ちるからやめた方がいい」と言われ、帰ってから店に持って行けと言われました。「日本でもだいじょうぶか」ということだったので、持ち込んだら何の問題もありませんでした。

その時、かなり高い確率で「米国にいらっしゃったんですか」と聞かれます。パッケージを見れば分かるからですが、その後で「この豆、美味しいですよね」みたいなことを言われることがあります。聞けば、研修で飲んだことがあるそうです。おそらくアルバイトだと思うのですが、研修でそこまでやるというのは立派なものですね。

ところで、最近は、コーヒーをブラックで飲む人が増えていますが、友人に勧められてエスプレッソに砂糖を少し入れてみたら、なかなか美味しかったので、機会があればお試しください。

2015年1月24日土曜日

幸せって何だろう? (290/365)

「幸せ」の感じ方は人それぞれですが、だいたい以下の3つくらいでないかと思います。

  • 物質的豊かさ…金銭や物質的な欲求が満たされること
  • 人間関係的豊かさ…友達や家族などの人間関係に恵まれること
  • 社会的豊かさ…容姿や地位などの社会的立場が高いこと

容姿は迷った末に「社会的豊かさ」に入れました。

豊かさ

物質的豊かさは、自分の個人的欲求が中心で、他者との関係性がありません。「社会生活を営む動物」としてはちょっとレベルが低いような気がします。もちろん、お金で解決できることはたくさんある、というか大半の問題はお金で解決できます。

ライブドアの元社長、堀江貴文氏は「金で買えないものはない」と言って非難されていましたが、「金で買えないものは少ない」ということは確かでしょう。

人間関係的豊かさは、個人対個人の関係です。私には2人の妹がいます。一卵性双生児ですが、2人のうちどちらが大事ということはありませんし、それぞれ違う関係性を持っています、両親についても、個々の関係だと思います。もちろん、友達もそれぞれ他に替えられない唯一の存在です。

社会的豊かさは、個人対不特定多数の関係です。「世間」は、多くの人の集合として成り立つので、大きな力を持つのですが、「世間体を気にする」「世の中に迎合する」というのはあまりいい意味ではありません。人間の「社会性」を考えると、もっと優先されても良さそうなものですが、社会的豊かさを優先する、つまり地位や名誉を重んじる人は「人間的ではない」と思われたりします。

社会的に上位のポジションにいた方が得なことは多いし、自分の意見も通りやすくなります。目的があれば、地位や名誉を得ることは決して損ではありません。

問題は、お金にしても地位にしても、それ目当てで寄って来る人が増えるので、相対的に人間関係の汚さが目に付くことがあるようです。また、本来の目的を見失い、金や名誉を優先してしまう危険性もあります。

政治家の汚職事件や贈収賄事件を見ると、最初は理想に燃えていたのに、理想を実現するための資金が必要になり、そのうちお金が目的になってしまった人もいるようです。

そういうわけで歌になるのは「人生はお金じゃない、地位や名誉でもない」という歌詞の方が多いと思います。

ところが、この曲は、3種類のすべてが満たされても不安や寂しさが消えないと歌います。

そう書くと、寂しいのですが「何があっても満足できないことが分かったこと」が良いと主張しています。最後はこう終わります。

なんだかんだ言いながらも
今の私は間違いなく 幸せだって思えたんだ

どんな欲求が満たされても完全には満足できないけど、全体を俯瞰してみると決して悪くはないかな、というのが多くの人の意識じゃないかと思います。これは面白い視点でした。

2015年1月23日金曜日

大人はがんばり屋さんです (289/365)

お父さんが登場する数少ない曲ですが、お父さん、お母さん、大人、と大きなカテゴリの1つでしかありません。お父さんも可哀想ですね。

お父さん、お母さんも、みんな(子供たち)と同じように「頑張ってるね」と言われたら、もっと頑張れるという話です。

大人の世界では、近年「MBO (Management by Objective)」といって、目標に対する貢献度で評価しようという動きが出ています。日本語では「目標による管理」と呼ぶことが多いようです。

「目標管理」という言葉もありますが、目標そのものを管理するわけではなく、目標を設定することで社員を管理することなので「目標による管理」の方が広く使われています。

「ノルマ」と違い、「目標」は上司と話し合って「自主的に設定」した「主体的な進捗管理」が特徴です。しかし、現実には上司から押しつけられた目標が多く、あまり機能していないようです。

また、「結果さえ良ければいい」と、作業品質が低下したり、柔軟性に欠けたりします。あらかじめ目標として設定しておかないと、決して達成されないからです。

子供の場合は「成果をほめてはいけない」という意見もあります。たとえば、テストの点数をほめると「点数さえ良ければ何をしてもよい」あるいは「テストの点が低いと自分の価値が失われる」と思うからだそうです。

結果ではなく、過程をほめることで努力することの大切さを学び、結果が悪くても人間性まで否定されるわけではないことを理解するということです。

大人でも同じようなことが言われていますが、仕事の場合は「結果がすべて」という面もあるので「頑張ったから許してください」は通じません。

上司は、顧客に対する責任もありますから「頑張った」こと自体を評価するのは難しいでしょう。せめて、同僚くらいは努力を評価してあげたいものです。

プロのミュージシャンなんかも、結局は「どれだけ売れたか」が評価のポイントだったりしますが、ファンとしては「どれだけ頑張ったか」を評価してあげたいものです。

『歌・こよみ365』は、1年間で365曲を作るだけじゃなく、伴奏を付けて録音し、CDとしてパッケージするという偉業ですが、受注生産だったため、売り上げや露出度には大きな影響を与えていないはずです。

365曲のパック『完全版』の他、アルバムが1年間で5枚(早春編、春編、Women、Real Intention、秋編)出ていますが、一般販売はほとんどされていません。武道館ライブのプロフィールが「CD売上総数8万枚」とされており、最近は「10万枚」になっているので、その差2万枚が「歌・こよみ365」の5枚と、2014年7月に発売されたミニアルバム「なりたい自分になるまで」、そして旧アルバムの売り上げと推定されます。つまり、アルバム1枚あたり3,000枚から4,000枚ということになります。簡単な数字ではありませんが、大ヒットとも言えない枚数です。

冷静に考えると、1年間で365曲というのはとんでもない数字です。だから、営業成績とは関係なく、ファンとしてはその努力を称賛したいし、多くの人に広めたいと思っています。

このブログもそうした気持ちで開設され、ドメインも取得しました。問題は、ブログが面白くないために閲覧者数が大して増えないことで、これはもうひとえに私の責任です。

あと70曲弱になりましたが、頑張って続けたいと思います。

2015年1月22日木曜日

お母さん (288/365)

お母さん」の再掲です。


タイトル通り、お母さんの歌です。

兄弟姉妹のいる人だったら、共感するんじゃないでしょうか。

ほんとに、小さい頃は何であんなに喧嘩をしたのかと思います。うちは3人きょうだいで、妹2人が双子で、しかも私と年子という恐ろしい環境でした。

一時は、食卓に座っていられなくて、立って食事したくらいだそうです。

両親のありがたさというのは、成人してからでないと分からないと思いますが、その後、親孝行に至るまでに、さらに時間がかかります。

思いついたら、恥ずかしがらずに、ぜひ言葉に出して、行動に示してあげてください。

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▲何にそんなに驚いているのでしょうか(笑)

2015年1月21日水曜日

「大丈夫じゃない」ってほんとは言いたい (287/365)

心配して「大丈夫?」って聞かれたとき「大丈夫じゃない」とは言いにくいものです。庄司薫の小説「赤頭巾ちゃん気を付けて」には、「たとえ入院中でも『元気?』と聞かれたら『元気』と答える自信がある」というような内容が書かれていました。

入院中の友人に「元気?」って言うのはおかしいように、大変そうな人に対して「大丈夫?」って聞くのはおかしなことかもしれません。

この歌では「頑張ってるね」「見ているよ」って言って欲しいようです。

「大丈夫?」と聞かれるときは、だいたい大丈夫じゃないので「大丈夫」と答えるとウソになります。でも「大丈夫じゃない」とは言いにくいので適当に誤魔化したような返事になってしまいます。

「頑張ってるね」と言われたら、「大変ですけど何とか頑張ります」と答えられるでしょうし、「見ているよ」と言われたら「ありがとうございます」と言えます。

何より、自分の承認欲求が満たされます。

この歌では、そう思う自分に対して「私がわがままなのか」と悩みますが、そんなことありません。「頑張ってるね」覚えておきます。

2015年1月20日火曜日

空っぽのバス (286/365)

バスの歌 (267/365)」は、バスに乗っている人から見た曲でしたが、これは回送バスを外から見ている曲です。

車庫へ向かうバスと、バスの運転手さんに対して感謝の気持ちを歌います。

バスの歌 (267/365)」では

私たちのドラマを乗せて バスは走る

と歌いましたが、この曲では

今日も みんなのドラマを乗せて
走り終わったバス 車庫へ向かう

と歌います。また、

空っぽのバスに 乗っているのは
運転手さんの思いとドラマ

とあります。他に「誰かのために働く大人はかっこいい」といった表現もあり、バス運転手の方に向けた歌になっています。

なお、この曲では「22時半」ということになっています。都心のバスはもう少し遅いのですが、地下鉄に比べると圧倒的に早く終わります。そして、最終バスには行き先表示の照明が赤くなります(行き先表示が赤いLEDで囲まれることもあります)。

私の郷里の京都でも、最終バスの行き先表示は赤くなりますが、東京と違う習慣があります。それは、自分が乗るバスの系統番号を正しく覚えていることです。

東京でバスに乗ることはあまりないのですが、乗るときは「○○駅から○○行き」としか言わないのが不思議でした。京都だけが特殊だと知ったのはずいぶんあとになってからです。

京都の人は、207といえば七条通から東山、九条、大宮通を通る巡回バスだし、5といえば京都駅から岡崎公園を回って岩倉に向かうバスだと多くの人が知っています。

観光で京都に行って、バスの乗り場を聞いてみてください。たとえば、京都駅で「金閣寺に行きたい」といえば「205に乗らはったらよろしいわ」と言ってくれると思います(なお、205は半巡回バスで、逆方向に乗ってしまうととても遠回りになりますので注意してください)。

2015年1月19日月曜日

もう我慢するの、やめよう。 (285/365)

我慢しても別にいいことないから、

大好きなことは何だった?
時間忘れて熱中しちゃうもの
思い出そう 今日からは心のまま 生きよう

という歌です。このサビの部分が私はとても好きで、ずっと聞いていたいくらいです。いつか、ここだけ抜き出して編集しようと思っています。

さて、「好きなことだけして生きていけない」という人は多いのですが、それは昔の話で、現代は好きなことで生きていける環境が整いつつあります。特に、絵や音楽など、クリエイター系の仕事はずいぶんと有利になりました。

もちろん「環境が整いつつある」だけであって、小遣い以上の収入を得るのはそれほど簡単ではありません。しかし、大きな資本がないと算入できなかったのが、少なくとも形式的には個人でも可能になっているのは大きな違いです。

その環境は、主に以下の3点で構成されます。

  • SNS
  • 制作アプリケーション
  • オンラインショップ

順に見て行きましょう。

SNS

1990年代後半から、インターネットの発達と、デジタル媒体の台頭で、制作物が無断で複製されるという問題が起きました。著作権法の改正による法規制や、コピープロテクトに代表される技術がすすめられたにもかかわらず、無断コピーは減っていないようです。

状況が変わってきたのは、2005年あたりでしょうか。SNSが登場し、アーティストが直接ファンと接触する方法が一般的になりました。mixiは2004年にプレオープン、2005年からプレミアムサービスを開始しました。TwitterやFacebookが日本語化されたのが2008年です。

ちなみに、「会いに行けるアイドル」として売り出したAKB48の結成も2005年です。

制作アプリケーション

インディーズ系ミュージシャンの人気が高いDTM(デスクトップミュージック)ソフトウェアのGarageBandは、2004年にiLifeの一部として登場しました。絵を描くソフトはもっとずっと前から存在します。

アーティストは、SNSでファンと交流しつつ、高価な機材なしに作品を作り、展示会やライブ会場販売することができます。

オンラインショップ

オンラインショップが簡単に持てるようになるには2010年代まで待つ必要がありましたが、現在では誰でも簡単にショップを開設し、クレジットカード決済を受け付け、作品を販売できます。

友人は、夫婦で猫写真ユニット「ねこやま猫道」として活動するとともに、オンラインショップ「ねこやま猫道商会」を開設しています。趣味の延長であり、販売にはあまり力を入れていないのですが、サイトを作ること自体は簡単です。

大きな媒体に広告を出すのは巨額の費用がかかりますが、Google AdWordsなどを使えば、個人のブログや検索結果に対して安価な広告も出せるようになりました。Facebookでも簡単に広告を出せます。

2015年1月18日日曜日

「夢」って持たなきゃだめですか? (284/365)

ここ十数年のトレンドに「自己実現」というのがあるそうです。多くの場合は「なりたい自分」「あるべき自分の姿」を意味します。『歌・こよみ365』にも「なりたい自分」という言葉が多く登場します。

あるべき姿と現実が、あまりにもかけ離れているのは、あまり良いこととは思いませんが、だからといって、すべての人が「なりたい自分」という目標を持つわけでもないし、「夢を持ちなさい」と強制されるものでもないでしょう。

案外多くの若者が「夢」を強制されて悩んでいるそうです。しかも、その「夢」を語ると「夢見てるんじゃない、現実を見ろ」と怒られてしまい、いったいどうすればいいのかさっぱり分かりません。

歌詞には

気付いたら PC(パソコン)の前「夢」って検索してた
疲れてるのかな いや、悩んでるのかな

とありますが、実際に「夢」と検索する人は結構多いそうです。もちろん答えはありません。そして、

「夢」って持たなきゃだめですか?
「夢」って決めなきゃだめですか?

と悩みます。

実は「夢」っていうのは、そんなに大きな目標ではなくて「やりたいこと」くらいの意味で考えればいいと思います。

歌詞では

私の心が喜ぶことや
時間を忘れてやっちゃうこと
そのタネにお水をかけながら
お日様にあたりながら
芽が出たらラッキーって
ゆっくり育てていけばいいんだ

とあります。

評論家の岡田斗司夫氏の著書に「プチクリ」という作品があります。「プリ・クリエイター」の意味で、生活の糧として制作をするプロと、趣味で制作するアマチュアの中間を想定しています。

「プチクリ」の帯には「好き=才能」とあります。絵を描く才能、文章を作る才能、いろいろな才能がありますが、一番大事な才能は「好きだ」という気持ちだという主張です。

技術は練習である程度カバーできますが、「好き」という気持ちだけは練習で身に付けることはできません。せいぜい、知らなかった世界を知って好きになるくらいです。

「夢」も、大きな目標を立てることだけではなく、「好き」という気持ちの延長で考えればいいのではないでしょうか。

具体的な目標があった方が実現の可能性は高くなりますが、「これは好き」「これは嫌い」というレベルでも、立派な「夢」だと思います。

なお、「プチクリ」については「「好き」って何だっけ?(186/365)」でも紹介しているので、あわせてお読みいただければ幸いです。


プチクリ!―好き=才能!電子版(書籍は品切れ中)

2015年1月17日土曜日

家族のように (283/365)

家族のように (先輩アーティスト さとなか唯さんに贈る歌)」に若干の加筆と修正を行いました。


宮崎奈穂子さんの所属する音楽事務所「Birthday Eve」の先輩アーティスト「さとなか唯(リンク切れ)」さんに贈った歌です。以前は「伊吹唯」という名前で活動されていました。

デビュー以来、一緒にやってきた唯さんですが、ブログ(これからもよろしくお願いします。・)から察するに「伊吹唯」に戻すのでしょうと思っていたら、やはりそうでした。3月で音楽事務所Birthday Eveを離れると同時に「伊吹唯」に戻されています。

お互い寂しいと思いますが、これを機会に世界が広がるといいですね。

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▲さとなか唯さん(足を悪くされてから座って演奏していらっしゃるそうです)

伊吹唯(さとなか唯)さんは、いわゆる「癒やし系」の曲をたくさん作っていらっしゃいます。同じ事務所の人への提供曲も多く、この「家族のように」も作曲は唯さんです。

唯さんの曲は、ふるさとや家族、命を扱ったものが中心です。ラブソングもあります。ゆったりしたメロディーと、優しい口調で、長く聞いているとだいたい寝てしまいます(すみません)。

王子にあるプラネタリウムでライブをしたときは、熟睡する人が続出したとか。

また、レコーディング中にエンジニアの人が寝ていたという逸話も残されています。いくら何でもこれはちょっとひどい。

ほんとに、優しい歌声なので、機会があればぜひ聞いてみてください。YouTubeなどにも上がっています。


▲再生リストが見つかりました

『家族のように』は、こんな風に始まります。

家族のように 時を過ごして
姉妹のように 喧嘩もして
戦友のように 一緒に戦って
どれだけ泣いてきただろう

インディーズ系の事務所ですから、プロモーション企画なども一緒に考えていたのだろうと思います。衝突もあったでしょう。そのあたりの感じがよくて出います。

宮崎奈穂子さんは「唯さんからは、路上機材の運び方に始まり、本当にいろんなことを教えてもらった」と、何かのインタビューで答えていらっしゃいました。

初めての路上ライブ遠征の時、不安を抱えた宮崎奈穂子さんに対して、見送りに来た唯さんがこういうことを言ったそうです。

固い枝はちょっとした力を加えれば、簡単に折れてしまう。でも、やわらかくしなやかな枝はどんなに力を加えても折れない。なほちゃんは、自分らしく自然体でやればいいんだよ

宮崎奈穂子著『路上から武道館へ』

『家族のように』に出てくる「堅い心は、折れやすいから、しなやかな稲穂になりなさい」というフレーズは、この時のエピソードだと思われます。

デビュー以来、一緒にやってきた唯さんですが、3月で事務所を離れるということです。ブログ(これからもよろしくお願いします。・)から察するに「伊吹唯」に戻すのでしょうか。

お互い寂しいと思いますが、これを機会に世界が広がるといいですね。

2015年1月16日金曜日

「人間臭くて好きだ」 (282/365)

あまりにつらくて、思わずこぼした愚痴を「人間臭くて好きだ」と言ってもらい、ちょっと楽になったという歌です。

毎日愚痴を言うような人は、一緒にいたいとは思わないのですが、普段愚痴を言わない人が発するのは効果ありますね。

気の置けない人に対して、たまに言う愚痴は、それこそ人間臭くていいものだと思います。

じゃあ、何日に1回だったらいいのかということは言えませんが、効果的に愚痴を使うには、普段はなるべく口にしかいこと、たまに言うときも特定の人に対してだけ言うことが大事です。

Twitterで愚痴を書くのは、効果がないばかりかその人の人間性まで落としてしまいますので、なるべく避けたいものです。私の感覚では、1年に1回くらいに留めたいものです。

宮崎奈穂子さんが愚痴を言うところは、本当に見たことがありません。まれに、路上ライブで特定の話題に対して顔色と口調が変わるくらいです。

著書によると、どうも昔はいろいろ愚痴を言っていたような気配を感じるのですが(明記されていはいません)、いろいろ苦労してものの見方も変わったようです。

でも、たまには宮崎奈穂子さんの愚痴も聞いてみたい気がしますね。それこそ「人間臭くて」いいと思います。たまにだったら。

2015年1月15日木曜日

自分の顔が嫌いでした (281/365)

「あの子みたいに美人に生まれれば良かった」と言うと、母親が「ごめんね」と言ったそうです。はっとして

「ごめんね」って言わせてごめんね

という曲です。

おそらくは、この曲を書いている頃でしょう、宮崎奈穂子さんからこんなTweetが発せられました。

容姿を気にする娘に対して「ごめんね」って言う発想はなかったので感心しました。

そのTweetを読んだ人たちが「母親を悲しませてはいけない」みたいな発言がありました。

「愛敬のある」とか「笑」とか、そういう言葉から、身内ならではの冗談だと思います。いろんな可能性を考えて発言しなければいけない立場というのは大変ですね。

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2015年1月14日水曜日

何がしたくて (280/365)

毎日仕事に忙しく、流されてしまう日々に

何がしたくて この会社に入って
どんな大人になりたかったんだっけ?

と自問する日々のようです。

この曲の歌詞で、ぜひ覚えておいていただきたいことがあります。

ひとりで考えても 迷路から抜け出せない
人に会ってみよう 話してみることにしよう

これはとても効果があります。相手は誰でもいいんですが、自分のことをあまりよく知らない人の方がいいみたいです。「信頼できる人だけど、たまに会う程度の人」に相談すると、自分の状況を伝えるために整理しないといけません。その過程で、考え方も整理できるみたいです。

私も「相談があるんですけど」とやってきて、話を聞いているうちに「なんか先が見えてきました、ありがとうございました」と言われることがあります。ただ話を聞いているだけで、何のアドバイスもしていませんが、それがかえっていいみたいです。

下手なアドバイスは、とうに考えていることでしょう。

答えが見つからないときはどうするか。多分、その方が多いでしょう。

すぐに答えは見つからないけど
ちゃんと探していこうと思う
私が描く未来へ つながっていく道を

ということですね。

2015年1月13日火曜日

宝石箱 (279/365)

毎日いろんな出会いがあります。どんな出会いも、宝石箱にしまっておきます。そのうちに、石ころが宝石になることがあります。逆に、しまっておいたはずなのに消えてしまうこともありますが。

どんな出会いも、ひとつとして同じものはないから大切にしたいものです。

宮崎奈穂子さんが、相変わらず路上ライブにこだわるのは、そこに偶然の出会いがあるからだそうです。お金を払ってライブハウスに来てくれる人はもちろん大切でしょうが、出会いの数で言えば路上ライブの方がずっと多いでしょう。実際、路上ライブで偶然見かけてファンになったという人がたくさんいます。テレビで見た、誘われて武道館で見た、という人もいないわけではありませんが、それほど多くはありません。

ところで、この曲のメロディライン、『歌・こよみ365完全版』にはときどき登場するパターンですが、現在入手可能なCDにはあまり見られません。次回作は、ぜひこんな感じでお願いします。

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2015年1月12日月曜日

楽になろうよ (278/365)

複雑な気持ちを歌った曲ですが、このフレーズが一番上手く表しています。

もっと楽になりたいよ なら 楽になろうよ

なかなか思うようにならない世の中ですが、思うようにならないと思っているのは自分だけということもしばしばあります。

もうちょっと長く引用すると、こんな感じです。

やりたいことだけやればいい?
そういうわけにいかないんだよ なんて
もっと楽になりたいよ なら 楽になろうよ

「やりたいことだけやっていればいい」というわけにはいきませんが、かといって全く間違いでもないと思います。

たとえば、会社勤めの人は自分のやりたい仕事がしたければ、上司を説得する必要があります。これは別にやりたい仕事じゃありませんが、上司を説得することで、市場を説得する力がつきます。それは自分のしたい仕事を継続する力になります。「やりたいことをするために必要なこと」は、「やりたいこと」に入るんじゃないでしょうか。

そんな簡単な話じゃないですかね。

2015年1月11日日曜日

好きで愚痴ってるわけじゃない (277/365)

好きで愚痴ってるわけじゃないけど、いつも理想論を語るわけにもいかないし、現実を見なきゃいけないという歌です。

まあ、そうなんですけど、あんまり愚痴は言わない方がいいですね。特にネットでは。

たまに言う分にはいいんですけど、続くと愚痴を言ってる人の人間性まで疑われるので。

愚痴は「ダイエット中のケーキ」くらいに思っておけばいいんじゃないでしょうか。

いくらダイエットしてても、ケーキを食べたいときはあります。そこで無理に我慢するとダイエットそのものが続かないので、たまには食べてもいいでしょう。でも、その後は食事を減らすとか、運動量を増やすとか、なにがしかの対応が必要です。

たまに愚痴を言うのは悪いことじゃないですが、言ってしまったら愚痴を帳消しにするような「いいこと」をした方がいいと思います。

2015年1月10日土曜日

お花屋さんの歌 (276/365)

「各駅停車しか止まらない、とある町のとある駅」にあるお花屋さんに勤める人の歌です。

どんな仕事も大変ですが、お花屋さんは生もの(というか生きてるもの)を扱うので、特有の大変さがあるようです。

お花には、気持ちを高揚させる力があるようです。特に女性は、お花をもらって喜ぶ人が多いようで、なんでもない日でもプレゼントすることをおすすめします。

見栄えするのは3000円から5000円、豪華にしたければ1万円くらいかかりますが、500円の薔薇1輪でも綺麗にしてくれます。チューリップとかヒマワリとか、ポピュラーな花も人気がありますし、スイートピーみたいな小さな花も可愛らしくまとまります。

友人の「芙和せら(ふわせら)」は、花の持つ力に注目して「フラワーハートセラピー」を提唱しています。一種の芸術療法で、色彩心理やアロマテラピー、フラワーアレンジメント、臨床心理学の知見を統合したそうです。

今では「日本フラワーハートセラピスト協会」を主宰し、認定資格や養成講座を運営しています。芙和せらはペンネームで、フラワーセラピーから取ったようです。

彼女の夢は「(フラワーハートセラピーを)300年後にはみんなが知っている状態にしたい」だそうです。誰も300年後を自分で見届けることは出来ません(本人はそれまで生きるつもりでいるようですが)。

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▲2014年11月16日(日)のイベント「セラピーフェスタ2014」に行ったときに作りました。

2015年1月9日金曜日

それでも僕らは救われる (275/365)

自分が決めたことであっても、苦しいことや悲しいことはあります。そういうとき、一番の救いになるのは、自分の仕事から生まれた誰かの笑顔じゃないかと思います。

笑顔を作れる人でありたい(209/365)」でも書いたとおり、

「良い仕事」とは、お客様を笑顔にする仕事のことだ

だと思いますし、誰かの笑顔を見れば、また次も頑張ろうと思います。

もっとも、その笑顔のために無理をしすぎてしまうということはあるので、どこかで休む必要はあるんですが。

だから、仕事でも何でも、誰かに何かしてもらったら、笑顔でお礼を言いたいものです。仕事の場合は別に対価を払っているわけですが、ちょっとした笑顔があれば次も頑張れます。

フリーランスで仕事をしている人が言ってました。

(最低ラインは超えているものの)雑な仕事をする人に多くの客がついていたり、丁寧な仕事をするのに客がついていなかったりするのはなぜだろう。

仕事をもらえるかもらえないかは、意外に単純で

  • 明るく挨拶ができる
  • 笑顔でお礼を言う
  • 仕事上の愚痴は言わない
  • できない理由から説明しない

このあたりで決まるのではないかと思っています。やるだけのことはやってくれたとしても、愚痴の多い人と一緒に仕事をするのは嫌ですからね。

2015年1月8日木曜日

笑い飛ばしてくれるあなた (274/365)

本当は格好良くしたいのに、思ったように行かないことは良くあります。失敗したとき、責められるのはもちろん嫌ですが、全く触れないのも逆に大きなプレッシャーになります。

気の置けない人が、笑い飛ばしてくれることで、実は大した失敗じゃないんだな思えます。

それが私にとって 大きな救いになる

という歌詞も入っています。

もちろん、反省は必要ですし、間違いを指摘してもらうことも必要ですが、たいていの場合、それが「失敗」だということは自分で分かっているので、もう一度他人から「失敗した」と指摘されたくはありません。

誰が「笑い飛ばす」のかも重要です。

仕事で大きな失敗をして、誰かに迷惑をかけたとき、上司が笑い飛ばすのは不適切です。怒ることはありませんが、失敗の原因を分析し、個人の問題ならそれを指摘し、組織の問題なら改善案を提案する必要があります。

同僚が笑い飛ばすのも、ちょっと問題があります。同じ部署の場合は自分の問題として再発防止を考える必要がありますし、別の部署でも会社としての体制を考え直す必要があります。

ここは、あまり利害関係のない友人が一番いいでしょうね。

2015年1月7日水曜日

人の感情ほど (273/365)

感情については「ドライ(253/365)」でも書きました。感情には大きなパワーがあって制御するのは難しいものです。

この曲では、

人の感情ほど あてにならなくて
パワーがあるもの 他に知らない

と始まります。

そう言えば、一般に力のあるものはある程度継続して存在し、あてにすることができます。たとえば「お金」、日本を含む「先進国」ではお金の価値が急に半分になったり2倍になったりはしません。1割変われば大問題です。あるいは「権力」、社長が急に解任されたり、首相がある日突然変わったりはしますが、それは例外的なことであり、会社の事業を継続するため、あるいは行政を円滑に進めるため、実際に変化するには一定の時間がかかります。

それに対して、感情はとても大きな力を持っているのに、突然変わることがあり、全く当てにできません。

まあ、しかし、それが人間の良さかもしれません。

曲はこう終わります。

人の感情ほど 面倒くさくて
あったかいもの 他に知らない

2015年1月6日火曜日

でも今は少しわかる (272/365)

誰かが言った何気ないひとことで人生が変わることがあります。それは、体験するまで分からないし、もしかしたらずっと後になって気付くことかもしれません。

ACTION ~あなたが背中を押してくれたから~」で紹介した只石社長は、ちょっとぐれている学生時代の彼に先生が

お前は、頭いいんだから(悪いことはもうやめておけ)」

と言われて、その気になったそうです。

宮崎奈穂子さんも著書『路上シンガー宮崎奈穂子』によると、高校3年生のとき、文化祭のステージで歌い「気になる同級生」、今の言葉で言うとおそらくスクールカースト上位の人なんでしょう、彼女から認められたことで本気になったみたいです(このエピソードは楽曲『路上から武道館へ2』にも登場します)。

路上ライブを始めたその日、誰も聞いてくれないところ、機材を片付けているときに「いい歌ですね」って声をかけられて、またやろうと思ったそうです。この話も、同じく『路上シンガー宮崎奈穂子』や『路上から武道館へ2』に登場します。

面白いのは、こういう人生を左右するような一言を発した本人は、たいていの場合そのことを覚えていないことです。

「人生を変えた一言」は、人生を変える準備が自分にできているときに心に響くのでしょうね。

2015年1月5日月曜日

少しだけ気付き始めてるのは (271/365)

人と違うことをしたり、一所懸命になったりするのが格好悪いと思う風潮は昔からあります。

「あの子頑張っちゃってる」

「痛いの気付いてないのかな?」

と言われるのが怖くて、自分を隠す人は結構います。

大人からは

「現実を見なさい」

「できると思ってるの?」

と言われます。

風見穏香(かざみしずか)さんというシンガーソングライターがいます。

彼女は、以前から歌手になりたいと思っていたのに、周りの目が怖くて人前で歌えなかったそうです。

「あの子、ギター持ってるよ」と言われたくなくて、ひとりで参加したツアーの前日にギターを実家に送り返したくらいです。

路上ライブを始めた時も、終電後の駅前で座り込んで、うつむいてギターを弾いていたそうです(練馬練馬練馬)。冷静に考えたら、そんなところに人がいるわけないし、いたとしても、そんな暗い女の子の歌を聞きたいとは思えません。

高校卒業前の進路相談で、勇気を出して「歌手になりたい」と言ったら「そのうち目さましますよ」と言われたそうです(わたしの夢)。

風見穏香さんは、宮崎奈穂子さんが当時いた事務所にCDの制作をしてもらったことがあるので、もしかしたら彼女の歌かもしれません。

人前で歌えなかった風見穏香さんも、今では堂々と路上やライブハウスで、お客さんの目を見て歌います。

インディーズレーベルとは言え、CDをタワーレコードで買えるようにもなりました。

メジャーレーベルの場合、CD売り上げの指標はオリコンチャートですが、インディーズレーベルの場合はタワーレコード渋谷店なんだそうです。風見穏香さんは、ファンに呼びかけて「買うならタワーレコード渋谷店で予約を」と呼びかけ、見事な結果を残しました(YMCA作戦)。

  • TOWER RECORDSオンラインデイリーチャート3位
  • 渋谷総合チャート9位
  • 渋谷インデーズチャート3位

最近は路上ライブはご無沙汰で、箱ライブが中心なようですが、その他にもフリースクールの講師など、活動の場を広げていらっしゃるようです。

今後のますますのご活躍を期待しています。

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▲2014年4月24日渋谷WOMB「Oasis TOKYO vol.5」

2015年1月4日日曜日

すべてのものは出会いの奇跡から生まれた (270/365)

人との出会いは多くのものを生みます。でも、単に会うだけではだめで、日頃から準備しておく必要があります。

心にアンテナ立てて 自分のセンサー研ぎすまそう

というのはそういうことでしょう。

ニュートンがリンゴが落ちるのを見て万有引力の法則を思いついた

と言いますが、リンゴが落ちるのを見た人は大勢いるわけですが、そこから万有引力を思いつき、さらに数式化したのはニュートンの天才たる所以です。もっとも、リンゴの話は後世の作り話だという説のほうが有力ですが。

そのニュートンも、1人ですべてを考えたわけではありません。

私がより遠くまで見渡せたとすれば、それは巨人の肩の上に乗ったからだ。
If I have seen further it is by standing on ye sholders of Giants.

という言葉があります(オリジナルなニュートンではないそうですが)。

「巨人の肩」は必ずしも論文だけではありません。どんな学会も、定期的に全国大会や研究会を開くのは、直接会って話すことの重要性を分かっているからです。インターネットの規格はメーリングリストなどで決まっていきますが、直接会うミーティングも定期的に開催されています。

人と会って話をすることはそれだけ重要なことと考えられています。古代ギリシャの哲学者ソクラテスは「本など読まずに話をしろ」と言ったくらいです(だからソクラテスは書物を残さず、その思想は弟子のプラトンが記録しています)。

場合によっては、対話ではなく、ただ人に話を聞いたもらうだけで問題が解決することもあります。人と出会う力はそれだけ強いのです。


ところで、「万有引力」は「万有」というくらいですから、すべての物質にあります。リンゴか木から落ちるとともに、地球はリンゴに引き寄せされるのが「万有引力」の意味です。

もちろん、地球の動く距離は全く測定できないくらいわずかなものです。

月と地球くらいに差が縮まるとお互いに影響が出てきます。ちなみに、月と地球の質量比は約81倍ですが、リンゴと地球だとは3兆のさらに3兆倍の差があります。

潮の干満は、海水が月の引力に引っ張られるために起きるのですが、満潮になった場所に対して地球の反対側も満潮になります。これは、海水だけではなく地球も月に引っ張られるためです。

干満

2015年1月3日土曜日

出会いは自ら出るから会える (269/365)

歌詞はこう始まります。

路上ライブの帰り道 知らない人に声をかけられました
「自分の歌を聞いてもらうために 自分の足で出ていくこと
とっても素敵ですね」そんな風に 言ってくれました

このエピソードは、宮崎奈穂子さんの著書『路上から武道館へ』にも登場します。

この人が、

「出会いは自ら出るから会える」

と教えてくれたそうです。語呂合わせですがいい言葉です。

宮崎奈穂子さんのキーボードケースには、武道館単独コンサートのチャレンジを始めてから「武道館単独公演チャレンジ中」、武道館が決まってから終了後しばらくは「2012年11月2日武道館単独講演」と書かれたポスターが貼ってありました。

かなり恥ずかしい感じもしますが、移動中もとにかく宣伝しようということです。

それを見て声をかけた人がいて、こうした工夫も無駄じゃないと思ったのだと思います。このことは

毎日路上に立っても どれくらい意味があるのか
分からなくなる夜もあった だから救われました

というフレーズからも分かります。

著書『路上から武道館へ』によると、声をかけられたのは機材を持ったままコンビニに寄ったときで、声をかけたのはメジャーなアーティストのサポートドラマーの方だったそうです。

さらに、その方は「もし、サポートメンバーが決まっていないなら、ぜひドラムを叩かせてください」と申し出たそうです。

既にドラムは決まっていたので、頼まなかったそうですが、びっくりするような出会いがあるものです。

ちなみに、武道館で実際にドラムを担当したのは堀守人さんという方で、とても楽しそうにドラムを叩く好青年です。この頃はよく一緒にライブに出ていたので、どちらにしても彼以外のドラムは考えられなかったでしょう。

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▲こんな感じ(2013年1月29日テレビ取材時の写真)


路上から武道館へ 普通の私が夢を叶えたたった3つの方法 (中経出版)

2015年1月2日金曜日

まるごと好きになりたい (268/365)

自分の気に入らないところを列挙して、それでも自分のことを、悪いところを含めて「丸ごと好きになりたい」という歌です。

歌詞に登場する悪いところを列挙してみます。

  • 器用じゃない
  • 仕事できない
  • 綺麗じゃない
  • 笑えない

でも「器用じゃない」=「不器用」は真面目の代名詞みたいなもんです(不器用で不真面目だとちょっと困りますが)。

「仕事できない」は「自分の仕事レベルに満足していない」という意味のことが多く、言い換えれば「向上心がある」ということです。それに、自分の良いところは自分ではなかなか分からないものです。

「綺麗じゃない」に至っては、純粋な主観です。綺麗かどうかは自分が決めるものではなく、他人の評価ですから、自分で自分ことを「綺麗じゃない」と思っても意味がありません。また「仕事できない」と同じく、綺麗じゃないと思っているから工夫するようになるかもしれません。そもそも、何をもって「綺麗」かもはっきりしません。

「笑えない」のはちょっと困りますが、口角を上げるだけで楽しそうに見えます。筋肉を使うのでちょっと疲れますが、試してみる価値はあります。「年齢を重ねると、表情筋が衰えて恐い顔になるから注意」と言われたことがあって、口角を上げる練習していたら「楽しそうですね」と言われたくらいです。

そういえばグラビア写真のモデルさんは皆さん笑顔ですが、実は笑っているのではないそうです。本当に笑うと目が細くなるので、グラビア写真には向かないんです。

つまり「笑っている顔」という表情を作っているのですが、見ている人が楽しくなれば、それは悪いことではないと思います。

「長所と短所は表裏一体なので、短所をなくすよりも長所を伸ばせ」と言いますが、「短所を長所に言い換える」練習もしてみてはどうでしょう。

2015年1月1日木曜日

バスの歌 (267/365)

乗り合いバスの歌です。

大きなヘッドフォン つけた女子高生

初期のヘッドフォンは大型のものしかありませんでした。耳を密閉することで、外部の音を遮断するためです。

ソニーから「ウォークマン」が発売され、歩きながら聞くというスタイルが提唱されました。しかし、密閉型ヘッドフォンで屋外に出るのは、クラクションの音も聞こえず、かなり危険です。

そこで、ウォークマンに同梱され、単独発売もされたのが「H・AIR(ヘアー)」というオープン型のヘッドフォンです。

耳を完全に覆わず、単に押しつけるだけなので、外部の音が入ってくる上、小型軽量で「ウォークマン」にふさわしいタイプでした。私なんか、ウォークマン本体よりもこのヘッドフォンに感心した記憶があります。

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▲初代ウォークマン、左側に半分隠れているのがH・AIR(ソニー博物館で撮影)

それでも外部の音が聞き取れないと困ると思ったのでしょう、初代ウォークマンにはマイクがついていて、黄色い大きなボタンを押すと外の音がヘッドフォンから聞こえてくる仕組みになっていました。

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▲ヘッドフォン端子も2つあって、2人で聞けるようになっていた(ソニー博物館で撮影)

その後、ノイズキャンセリング機能が登場します。これは外部の音を遮断する必要があるので、再び密閉型の人気が高まります。多くのノイズキャンセリング型ヘッドフォンは、音声帯域を遮断しないので、人の話し声はある程度聞き取れます。

また、オープンエアー型は位置がずれやすいこと、そもそもヘッドフォンは眼鏡と相性が悪い上、髪型によっては使えないことから、インナーイヤー型(耳栓型)のヘッドフォン(イヤフォン)も登場します。モノラルイヤフォンは、ヘッドフォンよりも前からあるので、最近までなかったのが不思議です。

耳栓と同じ形状で、外部音もある程度遮断できるため、ノイズキャンセリング機能を備えたものもあります。

この女子高生は、おそらくノイズキャンセリング付きの密閉型ヘッドフォンをしているのでしょう。

曲はこのあと

また、紺色に染まっていく空 扉が開いては閉じる音
誰かが置き忘れていった傘 甘いガムの匂い

と続きます。

バスの場合、外が見えるため降りるときに傘を忘れる可能性は比較的低いようです。忘れるのは、午後から晴れて、た傘の存在を忘れる場合ですから、時刻としては夕方です。

終盤ではこんな歌詞もあり、夕方であることが示されます。

今日も1日お疲れ様でした
家に着くまで どうか気を付けて

この歌は、特定の職業を明示してはいませんが、この部分はバス視点なので、バスの運転手さんの話かもしれません。