「愛」についての歌です。
いろいろな表現が出てきますが、中でも
愛 それは定義じゃなくて
全身全霊で行う行動なんだと
という言葉が印象的です。別の歌に「愛って本当は動詞だったんだね」という歌詞があります。
また、最後に
愛 愛されることを求めるんじゃなくて 愛すること
とあります。
「愛」は動詞、主語は自分、ということですね。
引用した歌詞の最初の「愛」は、「あーああい」と単独で感動詞のように使われます。なかなか印象的で、いい曲でした。
「愛」についての歌です。
いろいろな表現が出てきますが、中でも
愛 それは定義じゃなくて
全身全霊で行う行動なんだと
という言葉が印象的です。別の歌に「愛って本当は動詞だったんだね」という歌詞があります。
また、最後に
愛 愛されることを求めるんじゃなくて 愛すること
とあります。
「愛」は動詞、主語は自分、ということですね。
引用した歌詞の最初の「愛」は、「あーああい」と単独で感動詞のように使われます。なかなか印象的で、いい曲でした。
赤ちゃん、特に新生児は無条件にかわいいものです。
「私の理想の人は 赤ちゃんです」
で始まるこの曲は
赤ちゃんが笑っただけで みんな笑顔になる
赤ちゃんに触れただけで みんな心軟らかくなる
そんな人になりたいと歌います。
何かが上手にできても、仕事をたくさんこなしても、周りの人を笑顔にできなければ意味はないし、価値もないですね。
「いるだけで楽しい」そういう人になりたいものです。
片想いの相手にメールを送ろうと思って、3行に20分考えて、やっぱり送るのをやめたという、若いときにはよくある話。いや、若いときは、そのまま送ってしまって後悔するかもしれません。
歌の中では「この歳になっても、中学生みたいな片想い」と自嘲していますが、実際には大人になってもよくある話じゃないかと思います。
宮崎奈穂子さんは、これだけ曲を作っているのにラブソングはほとんどありません。CDになっているものでは、「Love Songs」のサブタイトルがついている『Acoustic 2』の他は、アルバム『Acoustic 1』の『息を吸うように』『おやすみなさい。』『さよならしなきゃ』『たんぽぽ』と、アルバム『路上から武道館へ〜Birthday Eve〜』に収録されている『5分だけ泣いて帰ろう』くらいじゃないかと思います。しかも『息を吸うように』は、表現が微妙すぎて、言われるまでラブソングだと気付かなかったくらいです。もしかしたら、他にも微妙な曲を見落としているかもしれません。
その他は、アイドルユニット「トーキョーチアチアパーティ」に提供した『好き…好き。』くらいでしょう。シングル曲には、ラブソングはもっとあるのですが、いずれも宮崎奈穂子さんは作詞に関わっていません。
ちなみに、『Acoustic 1』の『オレンジ』はラブソングとしても聞けるのですが、実際には同性の友人を思いながら書いたそうです。
『Acoustic 2』は「Love Songs」のサブタイトルが付いていますが、提供曲が半数程度あります。以下、Wikipediaの宮崎奈穂子ディスコグラフィーから引用します。
赤字が、作詞に宮崎奈穂子さんが関わった曲です。いずれも、あからさまラブソングはほとんどなくて、かなり抑えた表現になっています。
特に、武道館コンサート以降に限ると『5分だけ泣いて帰ろう』だけという希少性です。そもそも、これは失恋の歌なので、恋愛中の曲は皆無ということになります。
宮崎奈穂子さんは、著書の中で「別に、私がラブソングを歌わなくても」という意味のことを書いており、自分の夢や仕事についての曲が増えています。
人生にとって、恋愛は非常に重要なことではありますが、恋愛をしている期間は意外に短いものです、それに対して、仕事をしている期間はかなり長い、「仕事」の範囲を賃金労働以外まで広くとらえると、学生時代から死ぬまで続きます。にも関わらず、仕事を歌った曲は意外に少ないように思います。
だから、私は今の路線はとてもいいことだと思います。
しかし、ラブソングを望むファンも多いことですし、期間は短くても恋愛は人生の一大事ですから、こんな風に時々は作ってもらえるといいのかな、と思います
そして、次回こそは片想いではない曲をお願いします。
何か複雑な事情がありそうですが、よく分かりません。
桜のシーズンになると、「あなた」のことを思い出すということです。
他の楽曲の傾向から考えて、エピソード主は女性だと思います。
一般に
女性の恋は上書き保存
男性の恋は名前をつけて保存
と言われるので、歌詞に何度も登場する
来年も 再来年も 10年後もきっと
この季節が来たらあなたを思い出す
という状況はちょっと考えにくいものがあります(もちろん個人差はあります)。
考えられるのは、彼氏が死んでしまったなどの理由で、自らの意志で別れたのではない場合です。
ただ「いつかあなたに会えたとき」というフレーズもあるので、亡くなったわけでもなさそうです。
いずれにしても、切ない歌です。アレンジも、宮崎奈穂子さんの他の楽曲とはちょっと違っていて、メロディは軽快ですが、寂しい感じが伝わってきます。
どうやら、うつ病の歌です。
うつ病になりやすい、なりにくいというのはあるようですが、実際には誰でもなる可能性のある病気です。「風邪を引きにくい身体」というのはありますが、実際に風邪を引く時は引くのと同じです。
『歌・こよみ365完全版』の12枚目は「出会い」がテーマのようです。この曲は、うつの時に支えてくれた人についての歌になっています。
「どんなあなたでも好きだからね」という言葉
バイバイしたあと あの子がくれたメール 救われました
おそらく、付き合ってる彼女なのでしょう。
お母さんからはこんな言葉もありました。
長い人生 たった何ヶ月か 休む時間があったとしたって なんにも問題ないよ
「うつ病」というのは、(自死という形で)致死率が非常に高い病気ですが、こうして支えてくれる人がいれば、少しはマシかもしれません。
なお、うつ病の治療は、ごく初期を除いて、基本的には薬物療法が中心です。世の中にはいろんな情報が錯綜していますが、基本は薬物療法で、補助的に他の方法を利用するようです。
本当にひどいときは死ぬ気にもならないそうですが、回復期は中途半端に行動力があるので大変危険なんだそうです。
どういうわけか、薬の長期服用を嫌がる人が多いようですが、正しく服用すれば問題ありません。不審なことがあれば医師とよく相談してください。
どうやら遠距離恋愛の末に結婚するカップルのお話のようです。それが「スタートライン」
歌詞に「東京と大阪600キロの距離」とありますが、東京-大阪間のJR営業キロは550Kmくらいです。600Kmだと神戸を超えたところですね。
東京の東の端から大阪の西の端までだったら600Kmくらいになるかもしれません。
JRでは、片道600Km以上だと往復割引がきくので600Kmを超えるかどうかは大きな問題です。
調べてみると、大阪からだと東京経由で高尾(中央線)や川越(埼京線)まで行くと600Kmを超えるそうです。東京都区内からだと、大阪経由で朝霧(東海道線)、奈良(大和路線)あたりが600Kmを超えるラインだそうです。
大宮-尼崎間が594.4kmなので、埼玉に住んでいる方と大阪の方だったら「600Km」と言っても問題ないかもしれません。
「埼玉都民」という言葉があるくらいで、大宮はもう通勤圏としては東京の一部ですし、尼崎は兵庫県ですが市外局番は06で、ほとんど大阪です。
このカップルは、たぶんそのへんに住んでいらっしゃったのでしょう。そういうことにしておきます。
遠距離恋愛っぽい話。
LINEだけで つながってるのって
ほんとにつながってるのか 不安になるよ
ということでLINEのやりとりはあるようです。
どうすれば いいのかまだ 分からないまま
あなたの電話待ってる
電話かかってこないんですね。
「最近は、メールもあるし、ラインもあるし、遠距離でもSkypeなどのインターネット電話で、安価にビデオ電話ができるので、情緒がない」
などと言う人もいますが、私は全くそうは思いません。みんな、年を取って、昔の面倒さを忘れてしまったのでしょうか。
家族と住んでいるときは電話の取り次ぎの面倒さ、仕事が立て込んでいると電話ができないもどかしさ、高額な遠距離電話料金、こうしたものが懐かしいとは全く思いません。
ひとつ、問題があるとしたら、相手から連絡がないときに「きっと忙しいのだろう」と、自分に言い聞かせられないことでしょうね。連絡が途絶えたら、かなり高い確率で「連絡したくない」ということですから。
【2015/4/5追記】
この曲の出だしは
夜が長くなったね 6時でもこんなに真っ暗だよ
です。
ふつう、こういうときは「日(昼)が短くなった」と言います。「夜が長くなった」と言うとしたら、夜明け前じゃないでしょうか。
一般に、話をするときは過去から現在の状態起点に考えるので、「今(6時)は、明るい状態から暗くなった」こと、つまり「昼が終わった」ことを伝えたいはずです。
夜を主題にしたければ「夜が続いて、今朝になった(まだ朝にならない)」状態が自然ではないでしょうか。
まだ来ていない(来たばかりの)夜を主題にするのはかなり面白い発想だと思います。