家族のことを思う曲です。家族こそが「生きる目的」と歌います。
お子さんがまだ小さいのでしょうか。「小さな命」と表現しています。
大切な 小さな 命のぬくもり
というメロディには、伸びがあってとてもいい曲に仕上がっています。
家族のことを思う曲です。家族こそが「生きる目的」と歌います。
お子さんがまだ小さいのでしょうか。「小さな命」と表現しています。
大切な 小さな 命のぬくもり
というメロディには、伸びがあってとてもいい曲に仕上がっています。
子供から、両親の結婚記念日をお祝いする歌です。
親の大切さというのは、大人になるまでなかなか分からないものです。一人暮らしを始めてありがたさに気付いたのはまだ早い方で、子供が生まれるまで、あるいは子供が大きくなるまで気付かない人もたくさんいます。
この歌の方は、社会人生活にやっと慣れた頃のようです。おそらくは、就職と同時に一人暮らしを始めたのでしょうか。
ところで、結婚記念日といえば、私の両親にはちょっと面白い話があります。
父のプロポーズの言葉は「皇太子さん(現在の天皇)も結婚しゃはることやし、わしらも結婚しょうか」だったそうです。平民出身で、しかも自由恋愛の結果の皇太子妃ということで、世の中は「ミッチー(美智子様)ブーム」で盛り上がっていたとか。1959年の結婚式前にはテレビの売り上げも急増したそうです。
そして25年後、皇太子夫妻銀婚式のニュースを見た母が「ええ、去年と違うの?」と驚きました。前年が銀婚式だと思った両親は、2人で(子供たちにも言わず)食事をしたそうです。1年間違えるというのはよくある話ですが、2人そろって間違えるのは珍しいと思います。
個人的な話で失礼しました。
夕方の駅前で、スーツの男性が赤ちゃんをだっこしていたそうです。保育園のお迎えでしょうか。スーツで赤ちゃんをだっこするのはなかなか勇気がいりますが(よだれで汚す)、見ている分には微笑ましい光景です。
この曲は、その後「赤ちゃん」ではなく「だっこ」に焦点が置かれ、触れて体温を感じることの大事さを歌います。
言葉よりも大事なこと(触れることを示しているのでしょう)を大事にしたいという歌です。
そういえば、日本には挨拶として人の身体に触れる習慣がありません。それどころか、目も合わせない。宮崎奈穂子さんの初期の楽曲「Hand Hag」では「抱き合うのは日本人には無理だから、せめて両手で握手」という歌詞が出てきます。
でも、握手は本来日本の習慣ではありません。握手しながら、ついお辞儀して(視線をはずして)格好悪い気分を味わった人も多いと思います。
ヨーロッパでは、親しい間だとハグや頬をすり寄せたりしますが、日本だとセクハラレベルです(挨拶としては同性でも行います)。
でも、問題ない間柄なら、身体を触れあって体温を感じるのもいいかもしれませんね。
ああ「ふれる」ことって とっても素敵
体温ってきっと 人を包むためにあるんだ
と歌詞が続き、最後にもう一度お父さんの話で終わります。
ちなみに、コラムを書くとき、冒頭のエピソードをもう一度最後に持ってくると収まりがいいそうです。この曲もそういう構造になっています。
珍しくお父さんの歌です。
どうやら、自分の父親という意味ではなくて、自分の子供にとっての父親、つまり家族の象徴としての「お父さん」のようです。
昔は、働くことが嫌だったそうですが、家族のためと思えば
こんなにも前のめりで仕事に打ち込む今の自分
になれるということです。
「いってきます」「いってらっしゃい」
「ありがとう」「ごめんなさい」
こういう言葉を毎日交わせる家庭が、幸せな家庭だと思います。
ところで、タイトルは「お父さんの歌」ですが、実際のところ、「自分」が男性なのか女性なのか分かりませんし、子供がいるのかいないのかも分かりません。
自分が女性なら「お父さん」は自分のことですし、女性なら夫のことです。子供はいるようですが、まれに子供がいなくても「お父さん」と呼ぶ人もいるようです。
自分が子供だというのはちょっと考えにくいのですが、可能性がゼロとも言えません。
家族のことを歌っているのに、家族に対する呼びかけが「いってきます」「いってらっしゃい」「ありがとう」「ごめんなさい」しかありません。
家族のことを大事に思っているのに、具体的な言葉が出ないというのは、男性によくいるタイプなので、やはりこの方は男性なのでしょうか。
この歌をきっかけに、もう少し具体的な言葉が出てくればいいですね。
結婚式の曲にしては、ちょっと変わった感じです。
おじいちゃんを越える経営者になるんだ
という歌い出しなので、創業3代目なのでしょうか。あるいは、もっと長く続いている会社だけど、知っている中で最高の経営者がおじいちゃんなのでしょうか。いずれにしてもお父さんの仕事は何でしょう。同じ会社だとしたら、立場がないですね。
徳川家も、江戸幕府初代将軍家康と、3代将軍家光にはさまれて、秀忠の影は薄いようです。何しろ名前からしてちょっと変わっています(豊臣秀吉に養子に出されたためです)。
2代目は、初代が現役の状態で仕事を引き継ぎますから、何かとやりにくかと思いますが、実際には初代の方向を正し、次世代につなぐ大事な役目を担います。
徳川秀忠も、大きな業績がないように思われていますが、実際には公家諸法度や武家諸法度を制定し、江戸幕府の基盤を作りました。
話を戻しましょう。
結婚式の歌ですから、もちろん両親のことも登場します。全体に「家族の絆」を強く歌った曲になっています。
同族経営の会社の場合、家族の絆というのは対外的に非常に重要であり、2代目や3代目の結婚式も盛大になる傾向にあります。この曲は、そういうお披露目の会を歌ったのでしょうか。
ちなみに、私の同級生が家業を継ぐために退職し、直後に行われた結婚披露宴は、同業者はもちろん、商工会議所や議員など多くの人が出席し、我々同級生は死乗る新婦の姿もはっきり分からない後方の席でした。まだまだバブルのなごりがあった頃ですが、それにしても盛大な披露宴だったことを覚えています。
「愛」についての歌です。
いろいろな表現が出てきますが、中でも
愛 それは定義じゃなくて
全身全霊で行う行動なんだと
という言葉が印象的です。別の歌に「愛って本当は動詞だったんだね」という歌詞があります。
また、最後に
愛 愛されることを求めるんじゃなくて 愛すること
とあります。
「愛」は動詞、主語は自分、ということですね。
引用した歌詞の最初の「愛」は、「あーああい」と単独で感動詞のように使われます。なかなか印象的で、いい曲でした。
両親に対する感謝を伝える歌です。結婚式の歌についているサブタイトル ~Wedding Song~ がないので、少なくとも「式」の歌ではありません。でも、結婚式で歌っても良さそうな曲です。
お父さん お母さん 私、家を出て
大人になって 仕事を持って2年経って
なので、進学のために家を出てから就職したのでしょう。おそらく20代半ばです。
友達の結婚や 出産の話も 聞くようになった
というのは少し早いですね。どうも自分は結婚しておらず、子供もいないようです。
でも、20代半ばで両親に感謝できるのは偉いですね。私はもう少しかかりました。
ふたつのアイス いつも私に
選ばせてくれてありがとう
些細なことですが、これはいい話です。でも、なんで2つなんでしょう。きょうだいがいたとしても3つあるはずなんですが、もしかしてお父さんが一番に取ったとか?
どんなに遅く帰っても
ご飯用意してくれてありがとう
これはいい親御さんですね。我が家はときどきご飯がありませんでした。外で食べるときに、きちんと伝えていかない日が何度かあるとそうなります。一緒に住んでいるのだから、外食するときや帰宅が遅くなるときはちゃんと伝えましょう。今ではとても反省しています。
そして
大晦日には お土産もって 帰るから
で終わります。
盆と正月に帰省するのは、とてもいい習慣だと思います。近くに住んでいても、年に2回くらいは両親に顔を見せたいものです。
「お腹の中の赤ちゃんへ」に、若干の修正を加え、動画リンクとその説明を追加しました。
ちょうど、この歌ができた頃、宮崎奈穂子さんのお姉さんに赤ちゃんが出来たそうです。この曲もお姉さんに贈る作品かと思ったら、違うそうです。
でも、作品を作っているときはお姉さんのことを参考にしたそうです。
この曲は赤ちゃんが生まれる前の話、生まれたあとの話が「生まれてくれてありがとう(113/365)」、そして結婚式の歌が数曲、節目の歌が増えています。
ちなみに、私が生まれた少し後に「こんにちは赤ちゃん」が流行ったそうです。この曲も、それくらい定番になればいいですね。
▲「こんにちは赤ちゃん」
1963年のヒット曲で、作詞:永六輔、作曲:中村八大という、当時のゴールデンコンビの作品です。ちなみに坂本九が歌った「上を向いて歩こう」も同じ作者で「六八九トリオ」と呼ばれたそうです。
「こんにちは赤ちゃん」は梓みちよが歌いました。後の「二人でお酒を」のような大人っぽい曲とは随分違いますね。
生まれてきた赤ちゃんの歌です。
「歌・こよみ365完全版」には、赤ん坊の歌も何曲か入っています。結婚式の歌と違って、簡単な見分け方がないんですが、おそらく3曲です。
正確には「生まれてくれてありがとう(113/365)」はお孫さんに向けた歌、「お腹の中の赤ちゃんへ(325/365)」はタイトル通り生まれる前の歌ですので、「赤ちゃんの曲」は厳密にはこの曲だけということになるかもしれません。
ようこそ パパとママのもとへ
という部分のメロディがとても美しくて、心に響きます。
生まれたばかりの子供は、とても手がかかるのですが、本当にかわいいものです。その後、離乳食が始まるとウンチの臭いも強くなり、母親から受け継いだ抗体が消えて病気にかかりやすくなりますし、体温調整機能が未熟なため、急な発熱が見られたりします。
それでも、多くの人は「生まれてから2歳くらいまでが一番かわいい」と言います。
もっとも、同僚によると「5歳になっても10歳になっても、2歳の時と同じくらいかわいい」と強く主張していました。そういうものかもしれません。
「大切な恋人の妹であるあなた」の歌ですが、この妹さん、どういう方なのでしょう。気になった部分をいくつか抜き出します。
あなたが傷ついたら僕らも悲しいし
あなたが笑うと僕らも嬉しい無邪気なあなた
僕らふたり あなたに
どれだけ支えてもらっているのだろう僕らが喧嘩する度 あなたが空気を直してくれる
あなたには笑っていて欲しい
幸せになって欲しいと願っている
このフレーズは、一般的な大人ではなく、幼い子供のような印象を受けます。しかし「恋人の妹」が、それほど幼いのは考えにくいでしょう。
何十回か聞いた結果、私の想像力で考えられるのは2つでした。
的外れだったらごめんなさい。
家族を愛するのは素晴らしいことですし、社会的弱者を守っていくことは家族だけでなく、社会的にも大事なことなので、いずれにしても妹さんを含めて、皆さん幸せになっていただきたいと思います。
ナチスなんかは、ハンディキャップを持った人を社会の損失と考えていたようですが、もちろんそんなことはありません。
知的障害をサポートすることは、少子化に悩む日本の労働力に貢献します。
また、身体的な障害をサポートすることは、健常者にも恩恵があります。音声で階数を通知するエレベーターは、視覚障害者だけでなく、満員で身動きが取れないときにも役立ちます。テレビの字幕は、何らかの理由で音を出せないときにも役立ちます。
聞けば、社会的弱者を守ることが、人類の生き残り戦略なんだそうです。
【Yahoo! 知恵袋】
弱者を抹殺する。不謹慎な質問ですが、疑問に思ったのでお答え頂ければと思います...
お父さんが登場する数少ない曲ですが、お父さん、お母さん、大人、と大きなカテゴリの1つでしかありません。お父さんも可哀想ですね。
お父さん、お母さんも、みんな(子供たち)と同じように「頑張ってるね」と言われたら、もっと頑張れるという話です。
大人の世界では、近年「MBO (Management by Objective)」といって、目標に対する貢献度で評価しようという動きが出ています。日本語では「目標による管理」と呼ぶことが多いようです。
「目標管理」という言葉もありますが、目標そのものを管理するわけではなく、目標を設定することで社員を管理することなので「目標による管理」の方が広く使われています。
「ノルマ」と違い、「目標」は上司と話し合って「自主的に設定」した「主体的な進捗管理」が特徴です。しかし、現実には上司から押しつけられた目標が多く、あまり機能していないようです。
また、「結果さえ良ければいい」と、作業品質が低下したり、柔軟性に欠けたりします。あらかじめ目標として設定しておかないと、決して達成されないからです。
子供の場合は「成果をほめてはいけない」という意見もあります。たとえば、テストの点数をほめると「点数さえ良ければ何をしてもよい」あるいは「テストの点が低いと自分の価値が失われる」と思うからだそうです。
結果ではなく、過程をほめることで努力することの大切さを学び、結果が悪くても人間性まで否定されるわけではないことを理解するということです。
大人でも同じようなことが言われていますが、仕事の場合は「結果がすべて」という面もあるので「頑張ったから許してください」は通じません。
上司は、顧客に対する責任もありますから「頑張った」こと自体を評価するのは難しいでしょう。せめて、同僚くらいは努力を評価してあげたいものです。
プロのミュージシャンなんかも、結局は「どれだけ売れたか」が評価のポイントだったりしますが、ファンとしては「どれだけ頑張ったか」を評価してあげたいものです。
『歌・こよみ365』は、1年間で365曲を作るだけじゃなく、伴奏を付けて録音し、CDとしてパッケージするという偉業ですが、受注生産だったため、売り上げや露出度には大きな影響を与えていないはずです。
365曲のパック『完全版』の他、アルバムが1年間で5枚(早春編、春編、Women、Real Intention、秋編)出ていますが、一般販売はほとんどされていません。武道館ライブのプロフィールが「CD売上総数8万枚」とされており、最近は「10万枚」になっているので、その差2万枚が「歌・こよみ365」の5枚と、2014年7月に発売されたミニアルバム「なりたい自分になるまで」、そして旧アルバムの売り上げと推定されます。つまり、アルバム1枚あたり3,000枚から4,000枚ということになります。簡単な数字ではありませんが、大ヒットとも言えない枚数です。
冷静に考えると、1年間で365曲というのはとんでもない数字です。だから、営業成績とは関係なく、ファンとしてはその努力を称賛したいし、多くの人に広めたいと思っています。
このブログもそうした気持ちで開設され、ドメインも取得しました。問題は、ブログが面白くないために閲覧者数が大して増えないことで、これはもうひとえに私の責任です。
あと70曲弱になりましたが、頑張って続けたいと思います。
「お母さん」の再掲です。
タイトル通り、お母さんの歌です。
兄弟姉妹のいる人だったら、共感するんじゃないでしょうか。
ほんとに、小さい頃は何であんなに喧嘩をしたのかと思います。うちは3人きょうだいで、妹2人が双子で、しかも私と年子という恐ろしい環境でした。
一時は、食卓に座っていられなくて、立って食事したくらいだそうです。
両親のありがたさというのは、成人してからでないと分からないと思いますが、その後、親孝行に至るまでに、さらに時間がかかります。
思いついたら、恥ずかしがらずに、ぜひ言葉に出して、行動に示してあげてください。
「あの子みたいに美人に生まれれば良かった」と言うと、母親が「ごめんね」と言ったそうです。はっとして
「ごめんね」って言わせてごめんね
という曲です。
おそらくは、この曲を書いている頃でしょう、宮崎奈穂子さんからこんなTweetが発せられました。
もうすぐ母の誕生日^^この1年、私が「かわいくも、美人でもない私が…」とインタビューなどで言う度、母から悲しげな絵文字のメールが来ます。こんな愛嬌のある、愛してくれる母から生まれただけで、私は多分すごく幸せだなって、今は思います。笑
— 宮崎奈穂子@1/17「神戸在住」公開♫ (@MiyazakiNahoko) 2013, 6月 10
容姿を気にする娘に対して「ごめんね」って言う発想はなかったので感心しました。
そのTweetを読んだ人たちが「母親を悲しませてはいけない」みたいな発言がありました。
「愛敬のある」とか「笑」とか、そういう言葉から、身内ならではの冗談だと思います。いろんな可能性を考えて発言しなければいけない立場というのは大変ですね。
満州から引き上げてきて、苦労してきた母親のことを思い、その思いが次の世代に続いていきますようにという歌です。
「満州」は、本来「満洲」と書き、もともとは民族の名前で、「カリフォルニア州」とか「ニューヨーク州」のような地名を示す言葉ではないそうです。
現在の中国では、満洲という言葉は使われず「東北部」と言います。また民族名としての満洲は「満族」と呼びます。これは、旧「満州国」が日本による傀儡(かいらい)政権であり、中国政府が満州国を認めていないからだということです。
実際、日本の植民地としての役割もあり、多くの日本人が移民し、生活していました。
なお、建国理念としては「民族自決の原則に従い、満洲民族、蒙古(モンゴル)民族、漢民族による民族自決の原則に基づき、これに朝鮮人(韓国人)と日本人を加えた「五族共和」をうたっていました。ちなみに、清朝は満洲民族の国家であり、満州国の元首には清朝最後の皇帝である溥儀(フギ)がつきました。
第二次大戦末期、ソ連(当時)が進攻し、多くの日本人兵士がとなり、シベリアなどで過酷な強制労働が課せられ、多くの命が落とされました。
やむを得ず、子供を置いて(預けて)脱出した人も多く、これが「残留孤児」問題になっています。どれだけ生きられるか分からない状況で、幼い子供を連れて行くか、中国人に預けるか、どちらを選ぶにしてもつらかったことだと思います。
無事に日本にたどり着いた人も、多くは日本に生活基盤がなく、終戦直後の混乱の中、大変な苦労をされたようです。
この歌に出てくるお母さんは、こうした引き揚げ者のひとりだったのでしょう。昭和21年8月に引き上げたということですから、昭和20年(1945年)の終戦から1年です。
終戦から翌年の4月まではソ連の軍政下にあったそうです。その後、中華民国に返還されたのですが、共産党軍による対中華民国ゲリラが活発化し1948年に共産党が満州を制圧、1949年に共産党による中華人民共和国が成立します。
満州は、日本の植民地としての側面があったため、裕福な暮らしをしていた人も多かったようですが、もちろんそうでない人もいますし、裕福であっても、終戦で財産を奪われたり、家族を亡くしたりした人も多かったようです。
それは、ソ連が悪いとか、満州族が悪いとか、中華民国の責任とか中華人民共和国の責任とか、そういう話ではなくて、(個々の事件は別として)全体としては戦争の結果ということになるのではないかと思います。
今の日本では、家族が散り散りになって逃げる必要もなく、突然財産を募集される心配もありません。本当に幸せなことです。
『歌・こよみ365完全版』22枚目には、母親についての歌が多くあります。この曲もそのひとつで、離れて暮らす子を思う母の気持ちを歌います。
母親と父親に優劣を付けられるものではありませんが、日常的なことは母親に頼ることが多いのではないでしょうか。私の実家は自営業だったので、両親ともに家にいて、2人とも仕事をしていたわけですが、母からは生活する態度を、父からは仕事する態度を学んだように思います。
特に印象的な歌詞があります。
疲れたら 空を見上げて
あなたの大好きな空は ちゃんとそこにある
あなたの幸せを 誰より祈ってる
お母さんがいること 忘れないで
「空がそこにあるのと同じようにお母さんがいる」というのは、考えたら大変なことです。もちろん、実際には空がなくなる可能性よりも、お母さんが突然亡くなる可能性の方がずっと高いわけですが、そんなロジックを越えた母の存在感があります。
そして、この「疲れたら空を見上げて」のメロディが本当にいいんですが、これはお伝えできません。
夕方に帰宅して、故郷の母を思い帰ろうか迷う一人暮らしの人でしょう。帰宅と帰郷に電車をかけているのでしょうか。
夕方の情景は、宮崎奈穂子さんの歌ではおなじみのオレンジ色です。「オレンジ」という夕方の歌まであります。
▲オレンジ
歌詞ノートには「Station Melody by H. Shiozuka」とありました。調べたら、塩塚博さんのことのようで、多くの発車メロディを作曲している方です。
言われてみれば、イントロや間奏の他、歌のワンフレーズなどが「JR-SH1-1 」という発車メロディに似ています。ただ、テンポも違うし、アレンジも違うので、別の曲と考えていいでしょう。実際、私は歌詞ノートを見るまで気付きませんでした。クレジットは原作曲者に敬意を表するものであり、そのまま使っているわけではありません。
なお、JR-SH1-1というのは、着メロ配信をするときにJASRACに登録することになり、その時に便宜的に付けたタイトルだそうです。
▲塩塚博さんの作曲した発車メロディのリスト(一番最初が該当曲のJR-SH-1です)
「宮崎奈穂子には、季節感のある曲が少ない」とよく言われますが、これはまぎれもなく晩秋の歌です。寒くなってきたので、
くしゃみ ひとつ 季節の変わり目
というのがタイトルの由来です。
単なる時候の挨拶みたいにも聞こえますが、そこは『歌・こよみ365』、よく読むとメッセージが隠されています。と、私が思っているだけかもしれませんが。
くしゃみ ひとつ 季節の変わり目
「風邪引かないでね」って 母に電話をかけようかため息 ひとつ 渇いた心
風がどんなに吹いても 私は動けずにいるくしゃみ ひとつ 季節の変わり目
「風邪引いてない?」って 心配してくれる人はいるのかな
別居している母親の所に行ってあげたいけど、何かの事情で行けない(動けない)ようです。
ちょっと不思議なのが「心配してくれる人はいるのかな」という部分。母親のことを心配してくれる人が、母親の近くにいるのだろうか、という意味だと思います。
一般的には、母親の心配をするのは、父親、子供、その他の親戚、近所の人くらいでしょう。どれも、自分にとってそれほど遠い人ではないはずです。
ここで「いるのかな」と自問するということは、心配をしている人がいるかどうか分からないと言うことです。
考えられるのは以下の状況です。
そうすると、以下の状況が想像できます。
それは、かなり心配になりますね。新しい出会いでもあればいいのですが。
以上、すべて想像でした。
1分53秒の短いのですが、歌詞も曲もなかなかいい歌です。
ベッドの中で、今日あったことを振り返りながら寝ている場面です。状況がよく分からないのですが、
ちいさなその手 つないで眠ろう
から考えると、どうやら小さいお子さんのようです。
最初、この部分を聞き落としていて
あなたが 大好き とっても 大好き
今日も 一日 元気でいてくれて ありがとう
の「大好き」に違和感があったのですが、お子さんと考えると納得できます。
ところで、宮崎奈穂子さんには似たようなタイトルの曲があります。
「おやすみなさい」は、レコーディング直前に「やっぱりこっちの方がいい」と別の曲にむりやり差し替えた結果だそうです。2枚目のシングルで、よくそんな無茶を言ったと述懐されていました。もしかしたら、差し替え前の曲が「おやすみ」なのかもしれません(未確認)。
2014年6月14日(土)に、恵比寿のLiquid Roomで開催されたライブでは、「おやすみなさい」のラスト「ララララ...」を客席と一緒に歌うという演出がありました。客席を巻き込むような演出は、それまで私は見たことがなかったので驚いたことを覚えています。
古い方の「おやすみ」、「おやすみなさい」と並んで、この「おやすみ」も長く歌われる曲になりそうな気がします。
結婚60年を迎えたご夫婦のお話。結婚したのは新潟だそうですが、今も新潟にお住まいなのでしょうか。
夫婦愛にあふれたなかなかいい歌詞で、どこかで発表して欲しいですね。
そういえば、近年、日本では離婚率が下がっているそうです。景気が悪くなって家庭回帰か、というと別にそういうことではなくて、若年者の人口が減っているだけだとか。
離婚は結婚後数年以内が一番多く、高齢者の離婚はあまりありません。若年層の減少により、結婚数が減り、結果として離婚数が減ったというだけの話です。
似たような話に「最近の若者は内向的である」という説があります。留学者数の減少がその根拠のようですが、高校生・大学生の留学比率はむしろ増えているそうです。若者が減っているために、留学者数の絶対値が減っているだけなんですね。
これ、本当に他の人のエピソードなんでしょうか。いや、よくある話ではあるんです。
久しぶりに帰った 実家で
「まだ結婚しないの」って いつものこと
ありがちな会話なんですが、このあと
ううん、なんだかんだ好きなことを
やらせてもらっているんだもん
こう思う人は結構少ないのではないかと思います。多くの人が好きなことを仕事にしていますが「やらせてもらってる」とはふつう思いません。
あるとしたらこれくらいでしょうか。
職業に貴賎はないと思いますが、まっとうな仕事とそうでない仕事はあります。まっとうな仕事は「不幸になる人がいない仕事」、まっとうでない仕事は「不幸になる人がいる仕事」です。
技術系の仕事は、しばしば仕事を奪います。「まっとうな仕事」であるためには、仕事にあぶれた人に対して、もっと楽しい仕事を提案できることだと思います。
それにしても、多くの人が結婚したがる(させたがる)のはなぜでしょう。結婚の機能は、子供を育てるのに便利だというだけで、子供を持たない人、子育てを手伝ってくれる人が身近にいる人は、別に結婚する必要はないと思います。