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2015年4月6日月曜日

わからないけど (362/265)

ふたつの気持ちの間で揺れる気持ちを歌います。

秋が来ると 心のどこか奥の方 締め付けられる

これは分かります。暑い夏から涼しくなると、いろいろ考えるものです。

その後「どこに進んでいるのか分からない」と続くのですが、急に

嘘のない まっすぐなあの人に 惹かれはじめてる

と、他の人が登場します。その後はまた

何かが後ろから ひっぱってるような感じ
でも前にもぎゅっと 引っ張られているような

と、迷う心が歌われます。その後は、ずっと迷う気持ちが描かれ、最後は

どこに行けばいいのか どこに進んでいるのか
わからないけど 生きている今 だから真剣でいたい

で終わります。

季節の変化が感情に影響するのは自然ですし、後半の自問自答も分かるのですが、「あの人」が何なのかがよく分かりません。

もしかしたら、現在の仕事で満足しているところに、「あの人」から別の仕事に誘われたのでしょうか。現在の同僚との関係が「後ろから引っ張っているような」、「あの人」から「前にもぎゅっと引っ張られている」じゃないのかと想像していました。

誘われた転職が良かったか悪かったのかは、最後まで分かりません。たとえ転職先が倒産したとしても、その経験は次に生きるかもしれません(無駄かもしれません)。

「だから真剣でいたい」ということなのでしょうか。

2015年4月2日木曜日

鎧 (358/365)

自分のしていることに、どんな意味があるのだろうと自問する歌です。

ぐんぐん過ぎていく毎日に
負けないようにしがみついてたけど
気づいたら 重たい鎧(よろい)をまとっていて
立ち上がれなくなっちゃんったんだ

というのがタイトルの由来です。

自分を守るための「ポーズ」や「演出」というのはもちろん必要なことですが、それが逆に自分に対する制約になってしまっては意味がありません。

少年ジャンプの連載マンガでアニメにもなった「キン肉マン」では「ロビンマスクの鎧は、強力すぎる力をセーブするための拘束具」という言葉も登場します。同じく少年ジャンプに連載されていた「幽遊白書」に登場する武威(ぶい)も「強力な闘気を抑えるために鎧を装着している」となっています。また、アニメ「エヴァンゲリヲン」では、「エヴァの全身を覆っているのは装甲板ではなく、拘束具なの」という台詞があります。マンガやアニメではよく使われる表現です。

緊張を隠すために饒舌になる人や、弱さを隠すために強がる人がいます。それは自然な反応ですが、最初に強がって見せたために、弱さを出せないと悩んでしまうと、自分自身が苦しくなります。

自分の行動は自分で決められるし、いつでも変えられるものなので、気楽に対応したいものです。

「ぐんぐん」の歌詞に乗せられたメロディは、はなかなか効果的で美しいものに仕上がっています。何度も聞いていました。

2015年3月18日水曜日

どうしてこうなんだろう? (343/365)

伝えたいことがあるのに、うまく伝えられない女の子の歌です。

どうしてこうなんだろう?
こんな私変えたいんだよ
でも本当は こんな私のまま
受け入れられたら …だめかな…

と、最後はこんな風に終わります。

人間は社会生活を行う動物であり、種としての生存戦略は「みんなで助け合う」です。かつての身分制度などは、「みんなで助け合う」ようには見えませんが、実は同じ階層内では平等性が高く、身分制度は「価値の上下」ではなく「社会役割の違い」という説もあります。

もちろん、現代社会では「自分の意志に反した社会的役割の強制」は「差別」と考えられており、「良くないこと」とされています。たとえば、よく知られているように「女性差別撤廃条約」は「一切の差別と区別を禁止」とうたわれています。本人の意志に反する場合は、たとえ「区別」であっても「差別」と同じく、「良くないこと」と考えるのが国際社会の常識です。

一方、社会の中で、自分が承認されることは、「他の誰でもない自分自身の存在」をアピールすることになり、社会の中で生存できる可能性が高まります。

つまり人間にとっての「承認欲求」は、生きることと同じくらい大事な意味を持ちます。ですから、承認欲求を否定することはないのですが、度を超えてしまうと自分が生きにくくなります。

実際のところ、みんながみんな他の人に分かってもらえている(承認されている)わけではありません。

クラスの人気者であっても、多くの人は表面的な部分しか見ておらず、その人の内面を評価しているわけではありません。むしろ、人気のある人ほど自分を見てもらえないくらいです。

テレビに出てくるタレントは、売れていればいるほど「あの人はこういう人だ」というイメージが強くなると思います。でも、実際に会って話した人はあまりいません。みんなバラエティ番組での対応や、ブログの内容から勝手に評価しているだけです。

「分かって欲しい」というのは、本当はとても贅沢な欲求です。「他の人も、自分のことを分かってもらっていないから、自分だけが、自分を分かって欲しいと思うのは贅沢だ」と思えば、少しは気が楽になりませんか。

それともう1つ。多くの恋愛は
あなたをもっと知りたいの(あなたが分からない)
からスタートして
あなたってそんな人だったのね(あなたのことが分かった)
で終わります。

もちろん、そこで「分かった」と思うのは勘違いなんですが、「分かった」と思われてしまった時点で終局を迎えるというのは面白い現象です。

そういうわけで「分かってもらう」ことにこだわらない方が楽なんじゃないかと思います。それよりも、「何かの役に立つ」ことで関係を保った方が、結果的に自分のこと(ある一面ですが)を知ってもらえるような気がします。

2015年3月13日金曜日

理由 (338/365)

損得なしに付き合える人、というより人生の先輩のような感じの方を歌った曲です。

人が成長するときは、さまざまな人の助けを借ります。仕事上の指導者はもちろん、仕事を離れた先輩、ときには後輩からも助けてもらいます。

行き詰まったときは、仕事上の付き合いがない人の方が、新鮮な発見があったり、素直にアドバイスを聞けたりするのかもしれません。

「路上から武道館へ」では

今こうして 目の前にいるあなたのことも
さよならしてすれ違っていった人たちも
みんな 私を作ってる

と歌います。

もちろん、それはその通りなのですが、大きな影響を与える人はもっと身近な人でしょう。

この曲は、自分が今の場所にいるのは、励ましてくれたり、見守ってくれたりした「あなた」のおかげとしています。

タイトルの「理由」という言葉は歌詞に出てきませんが、「私が今ここにいる理由」ということなのでしょう。

▲武道館ライブの直前に出た朝日新聞の記事のデジタル版に含まれた動画

2015年2月27日金曜日

元気でいますか? (324/365)

小学生の頃、とても仲が良かったのに、急に引っ越してそれっきりという経験は、多くの人が持っているのではないでしょうか。

この歌は、「おそろいのキーホルダー」や「交換日記」といった具体的な思い出とともに、友人の消息を思います。

あなたに会えなくなったあの日から
私は上手く笑えないまま

というくらいなので、よほど大きな喪失感があったのでしょう。

昔は、突然の転勤は今よりも多くありましたし、さまざまな事情で行き先を告げずに引っ越すこともよく聞きました。

今はどうなんでしょう。

携帯電話とインターネットの普及で、友人とのつながりは今よりもずっと長く続くように思います。私も、mixiやFacebookができて、数十年ぶりの再会をした友人がたくさんいます。

もっとも、今は「縁を切りたいのに、つながらざるを得ない」という悩みもあるかもしれません。

ところで、仲の良かった友人を、Facebookで検索することもありますが、会いたい人に限って見つからないんですよね。特に女性は姓が変わる人が多く、さらに難しくなります。

2015年1月30日金曜日

出会い (296/365)

人生で、とても大事な出会いというものが何度かあるものです。一度会っただけの人でも、大事な言葉をもらうことがあります。

面白いのは、本人にとって一生を変える言葉だったのに、言った方は案外何も考えていなくて、言葉はもちろんあったことさえ忘れていることまであります。

悪い言葉でも同じで、学生時代にいじめられていた人が、大人になっていじめた人に「こんなことを言った」と詰め寄っても覚えていないことが多いそうです。

結局、自分が相手の言葉を受け入れる余地があるかどうかという問題みたいです。

評論家の内田樹(うちだたつる)氏の著書「先生はえらい」にも、そうした内容が書いてありました。学ぶ気持ちさえあれば、誰からでも学べると。

面白いのは、誰からでも学べるなら自習でもいいだろうと考えても、誰か相手がいないと、学びにくいことです。そういうもんみたいですね。


先生はえらい (ちくまプリマー新書)

2015年1月16日金曜日

「人間臭くて好きだ」 (282/365)

あまりにつらくて、思わずこぼした愚痴を「人間臭くて好きだ」と言ってもらい、ちょっと楽になったという歌です。

毎日愚痴を言うような人は、一緒にいたいとは思わないのですが、普段愚痴を言わない人が発するのは効果ありますね。

気の置けない人に対して、たまに言う愚痴は、それこそ人間臭くていいものだと思います。

じゃあ、何日に1回だったらいいのかということは言えませんが、効果的に愚痴を使うには、普段はなるべく口にしかいこと、たまに言うときも特定の人に対してだけ言うことが大事です。

Twitterで愚痴を書くのは、効果がないばかりかその人の人間性まで落としてしまいますので、なるべく避けたいものです。私の感覚では、1年に1回くらいに留めたいものです。

宮崎奈穂子さんが愚痴を言うところは、本当に見たことがありません。まれに、路上ライブで特定の話題に対して顔色と口調が変わるくらいです。

著書によると、どうも昔はいろいろ愚痴を言っていたような気配を感じるのですが(明記されていはいません)、いろいろ苦労してものの見方も変わったようです。

でも、たまには宮崎奈穂子さんの愚痴も聞いてみたい気がしますね。それこそ「人間臭くて」いいと思います。たまにだったら。

2014年12月18日木曜日

今見ている景色は自分の心の鏡 (254/365)

他人の悪いところは気になりますが、自分についてはなかなか分からないもの。人に対して思ったことを、自分がしていないかどうかを確かめたいものです。

他人の行動(今見ている景色)は、自分の心を移す鏡です。

景色は変えられないけど 私の心は変えられる

という言葉があります。

実際の話、自分の心はそう簡単に変えることはできません。相手の心はもちろん変えられませんし、行動だって、よほどの権力を持っていないと無理です。それに強制的に行動を変えさせたら、心はもっと離れてしまい、余計に問題が悪化します。校内暴力が減ったら「いじめ」が増えたようなもんです(この因果関係は証明されていません)。

本当に変えられることは「自分の行動」だけです。意識しているのかしていないのか、この直後のフレーズが

行動しよう まずひとつずつやってみよう

でした。まず、自分の心は置いておいて、形だけでも変えてみる、行動してみることで、自分の心も変わってくるし、周囲の行動も変わってくるかもしれません。

2014年12月15日月曜日

カタクナじゃなくて、やわらかく。(251/365)

部活動や仕事をしていて気付くのは、「人によって得手不得手がある」ということです。学校の勉強の場合は、得手不得手と言っても実際には勉強量の差に過ぎなかったりします。

もちろん、勉強量の差が生じるのは得手不得手があるからですが、そもそも授業内容は個人の資質の差によって変化しないように考えられているから当然です。

しかし、部活動になると、決まった学習手順があるわけではないので個人差が大きくなってきます。社会に出ると、その差はもっと広がります。

ただ、そこで「私は、この仕事苦手だから」と避けていては成長できません。

心理学者のキャロル・ドゥエック氏は、能力観(自分がどれくらいの能力があるかの認識)を「固定的能力観」と「拡張的能力観」に分類しました。

固定的能力観は、自分の能力を固定されたもので、進歩しないものだと考えます。一方、拡張的能力観は、自分の能力は変化するもので、これからも伸びていくと考えます。

ドゥエック氏の著作の邦訳『「やればできる!」の研究―能力を開花させるマインドセットの力』では、それぞれ「こちこちマインド」「しなやかマインド」と表現しています。

こちこちマインド(固定的能力観)」の人は、「今ある能力」で物事に取り掛かろうとするため、予想外の出来事や難しいことに直面するといった逆境に弱いそうです。

一方「しなやかマインド(拡張的能力観)」の人は、「今の能力ではできないかもしれないけど、とりあえず挑戦してみよう」と思うそうです。

面白いのは、子供をほめるとき「100点取ったね」と言うのはあまり良くないそうです。結果の評価は「現在の自分の能力が素晴らしい」と思ってしまい、能力を固定されたものと考えやすいからです。

そうではなく「頑張った結果が100点という評価になったね」のように、過程(プロセス)をほめると「そのプロセスを繰り返すことで、もっと高い能力が得られる」と思うそうです。

この曲のタイトルは「カタクナ」と「やわらかく」ですし、歌詞にも「『嫌だ!』って言って止まっちゃう」と「とりあえずやってみよう」が対比されています。ドゥエック氏の著書を読んだのでしょうか。

2番では、ものの見方が紹介されます。自分と異なる意見を出されても

「そっか、確かにそういう見方もあるよねえ」って
やわらかく受け止める方が 前に進めること分かってる
さあ、どうしようか

とあります。受け入れることがいいのに決まっているのに「さあ、どうしようか」というのは、次のフレーズで分かります。

カタクナじゃなくて やわらかくありたい
これが実際なかなか難しくて困る でもそうなりたいな

このフレーズのメロディが、ほんとに困っている感じがしてなかなか素敵です。

ところで、宮崎奈穂子さんを紹介するときにはこういう文章がよく使われます。

サポーター(ファンクラブ会員)を1万5,000人集めて、武道館コンサートを実現
今までに売ったCDは5万枚(武道館直後は4万枚と言ってました)

数字による結果は分かりやすい指標なので、よく使うのですが、ファンは1万5,000とか5万という数字は大して気にしていないでしょう。おそらく宮崎奈穂子さん本人もそうだと思います。

1万5,000人集めるのにどれだけの工夫と苦労をしたのか、武道館に人を呼ぶためにどんなことをしたのか、そこが大事なことだと思っているはずです。

宮崎奈穂子さんが以前に所属していた事務所では、期間を区切ってCDの販売目標がよく設定されました。一番有名なのが、彼女の最後の数値目標となった「50日間で5,000枚のシングル」ですが、これは未達でした。

とは言え、最後まで粘る姿に心を打たれた人は多く、私も生まれて初めて同じCDを2枚買ったくらいです(著書に「(CDを)上げる人を思い出したから」と戻ってきた人のことが書かれています。他にも同じような人がいたかも知れませんが、私がそうでした)。

もし「50日間で5,000枚のシングル」が達成していたら、結果だけが評価されてしまったかもしれません。そうしたら、武道館の集客が6,000人(主催者発表)しかなかったことで、自分の限界を感じてしまったかもしれません。

武道館を満席にすると1万5,000(これがサポーター人数の根拠)、音楽イベントだともう少し減るのですが、実際にアリーナ席から後方を見渡すと、2階席に相当な空席がありました。「失敗」と思ってしまっておかしくないくらいです。

もちろんプロですから結果は大事ですが、それがすべてではありません。もし、結果だけで評価していたら、もしかしたら今の宮崎奈穂子さんはなかったかもしれませんね。

似たような話を「「も」(239/365)」でも書きました。あわせて読んでいただけると幸いです。


「やればできる!」の研究―能力を開花させるマインドセットの力

2014年12月10日水曜日

寂しがり屋の恥ずかしがり屋(246/365)

寂しがり屋なのに「寂しい」と言えず、恥ずかしがり屋だから「ありがとう」「ごめんなさい」が言えないときがある。そんな時は、「あったかい愛で包めたらいいな」だそうです。

最後の「みんなもあなたも私もおたがいさまだから」のメロディは伸びがあってとてもいい感じです。

「ありがとう」「ごめんなさい」といえば、昔、文化放送で放送されていた「セイヤング」で、落合恵子さんが担当していた曜日に「愛の伝言板」という人気コーナーがありました。

検索しても見つからなかったので、記憶に頼って書いてみます。

たったひとこと「ありがとう」
たったひとこと「ごめんなさい」
そのひとことが言えないあなたに代わって
愛の伝言板

1978年には終了しているので、宮崎奈穂子さんはご存じないかも知れませんが、エピソードを送った方が覚えていたのかもしれません。

このコーナーのオープニング曲が、ローレンス・ウェルク楽団演奏の「Happy Heart」ですが、探せませんでした。一般には、アンディ・ウイリアムスが歌う曲として有名で、こちらは映像がありました。


▲アンディ・ウイリアムス「Happy Heart」

2014年12月4日木曜日

信じる(240/365)

初めて会った人に対して、とりあえず信じる人と、とりあえず疑う人がいます。どちらが悪いということではありません。

この曲は、まずは「人を信じる」と言っています。それは「出会った人みんなが教えてくれた」からだそうです。

「安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方」という書籍によると、「最初は信じる」方がだまされる率が低く、「最初は信じない」方が裏切られることが多いそうです。人を見る目があるから、初対面で信じるか信じないかを判別できるため、結果的にだまされないのかもしれません。

また同書によると、米国人に比べ、日本人には「とりあえず疑う」人が多いそうです。そういえば、日本人はSNSでの匿名率が他国よりもずっと高いのは、初めて出会った人を疑ってかかるからかもしれません。

日本人のモラルが高いのも、他人の目を気にするためであって、見つからないと分かっている場合はぐっと低下するそうです。

著者は、集団作業が重要な農耕が主体だったため同調圧力が強いと推測しています。また、人口の流動性が低かったため、長時間かけて信頼関係を築くことができたのだろうとも書いています。

そういえば、田舎に行くとよそ者はなかなか受け入れてくれませんし、海外旅行のパッケージツアーが始まった頃は、日本人のマナーの悪さが世界的に問題になっていました。「旅の恥はかきすて」という言葉すらあります。

海外のサッカースタジアムで、日本人のマナーの良さが話題になっていますが、これはニュースになることを見越しての行動かもしれません。その証拠に、サッカーのマナーがほめられた直後のハロウイーンは、渋谷の街がゴミであふれていました。

交通や通信が発達し、多くの人と会うようになると、昔のように長時間かけて相手の人となりを評価するわけにはいきません。そうすると、

難しいことは置いておいて
理屈や理論はいったん忘れて
とにもかくにも「人を信じる」ということを

心がけた方がいいのかもしれません。


安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

2014年11月21日金曜日

人間は不思議だね(227/365)

ひとつのことに満足しても、別のことを求めてしまう。ひとつの悩みが解消されても、別の悩みが生まれる。人間は不思議な生き物だという歌です。

でも、本題はそこではなくて、みんなが常に何かを求めて、いつも何かに悩んでいるから、みんな歩いて、出会い、支え合うと続きます。

自分だけでは解決できなくても、他の人と出会うことで解決できたり、他の人に欲求を満たしてもらい、他の人の欲求を満たすことが楽しいのだと思います。

自分が助かる最も効果的な方法は、他の人を助けることだと言います。常に欲があり、悩みがある人間ですが、多くの人がお互いに補い合うことで、少しは楽しい生活ができるのではないでしょうか。

2014年10月19日日曜日

ひとりひとり(194/365)

ひとりじゃ何もできないけど、ひとりひとりが自分のできることを頑張れば大きなことができるという歌です。

先の「逆上がり」なんかにも通じるところがありますね。

また、「楽しいことないかな」って自分のことだけ考えていたり、失敗したりしても、そばにいてくれたり、叱ってくれたりした人がいたという歌詞もあります。

人を育てるのは根気がいることですが、それだけ価値のあることです。

バカな人はいない、バカな行動があるだけ

という言葉があります。バカな行動をしても、言って聞かせ、やってみせれば、何が悪かったかを理解し、改めることもできるでしょう。短い曲ですが、そういうストーリーを感じました。

『歌・こよみ365完全版』の16枚目は、時間的な流れ表現した曲が多いようです。この曲も、単に「ひとりひとりが頑張ろう」というだけではなく、失敗してもやり直せるということを示しているのではないかと思います。

ところで、この曲は歌詞もいいんですが、「ひーとりー ひとーりがー」というメロディも素敵です。例によってお伝えできないのが残念です。

2014年10月15日水曜日

笑顔のペイフォワード(190/365)

英語のpayには「報いる」という意味があります。「pay back」だと「恩返し」という意味になります。「ペイフォワード(pay forward)」は、恩を返すの出はなく、(別の人に)送る、つまり、日本語で言う「恩送り」と同じ意味になります。

別のエントリで紹介した図をもう一度出します。

20121111-back
▲恩返し(pay back)

20121111-forward
▲恩送り(pay forward)

恩返しは人として大切なことですが、恩送りは文化を作ります。

人の一生は、たかだか数十年、恩返しをするいは相手が生きている必要があります。つまり、恩返しの有効期間は数十年に過ぎませんし、さまざまな制約もあります。

しかし、恩送りをするには、恩を受けた相手が生きている必要はありませんし、世代を超えて伝えることもできます。これが文化というものです。

ところで、この曲には「あの女将さんに会いに行こう」「暖簾をくぐったら」という言葉が出てきます。

実は、東京都練馬区の小竹向原にある居酒屋「樽見のことを歌った曲です。このお店、食べログのランキングにも入ったそうで、なかなかいいところでした。

宮崎奈穂子さんとも縁のあるお店で、入口には宮崎奈穂子さんの著書とチラシが置いてありました。時々、ファンの集まりにも使っています。

小竹向原は、住宅地なんですが、副都心線が開通してから各種路線の乗り換え駅になりました。そのため、駅名だけは有名ですが、特別な商業施設ができたわけでもなく、駅周辺は相変わらずの住宅地です。「樽見」も住宅地の真ん中にあり、結構分かりにくい所にあります。地図をよく見て行ってください。

2014年9月28日日曜日

東京はこんなに(173/365)

「歌・こよみ365完全版」ディスク15は、「前進」がテーマのようです。2曲目は、東京はこんなにたくさんの人がいるのに、どうしてか人が遠い、でも何とか一歩進もうという歌です。

東京は、人が多い割に人間関係が希薄だと言われますが、いったんつながり始めると、交通の便のいい東京の方が密接な人間関係を作れるように思います。

東京が、疎外感の象徴のように言われ始めたのは、1960年代高度成長期が始まった頃に「集団就職」という制度が出来たあたりではないかと想像しています。

「集団就職」は、中学を卒業してすぐ、地方から東京に就労することです。当時は高校進学率もそれほど高くなく、義務教育終了後の中卒が最も多かったようです。

集団就職は1970年頃まで続いたそうですが、この頃には「コンクリートジャングル」という言葉が使われ「東京は、鉄筋コンクリートのビルが乱立するジャングルのようで、誰も助けてくれない」というネガティブなイメージがありました。

もちろん、これはビルが悪いわけでも東京が悪いわけでもなく、単身上京した人の生活環境の問題です。東京出身者にとってはちょっと嫌な気分だったんじゃないかと思います。

1969年に発表された小説「赤頭巾ちゃん気をつけて」(庄司薫)では、主人公である庄司薫が、ガールフレンドの由美ちゃんと銀座の夜景を見ながら「東京は悪く言われるけど、ほんとにきれいよね」と会話するシーンがあります。

庄司薫は、主人公の名前であるとともに、作者のペンネームでもありますが、いずれにしても生粋の東京人です。世間のネガティブな評価に対する反発が、軽く描かれています。

宮崎奈穂子さんも東京出身だそうで、もしかしたら「東京は冷たい」という言葉に、ちょっと悲しい思いをしているかもしれません。あるいは、東京といっても郊外の住宅地のようなので、銀座や丸ノ内を中心とした「東京」と同じ地域とは思っていないかもしれません。

いずれにしても、東京はほんとに人が多い。地方から尋ねてきた親御さんに「今日はお祭りかい?」と質問されたという話を聞いたのは1人や2人ではありません。

2014年8月31日日曜日

トンネル(145/365)

どうやら、うつ病の歌です。

うつ病になりやすい、なりにくいというのはあるようですが、実際には誰でもなる可能性のある病気です。「風邪を引きにくい身体」というのはありますが、実際に風邪を引く時は引くのと同じです。

『歌・こよみ365完全版』の12枚目は「出会い」がテーマのようです。この曲は、うつの時に支えてくれた人についての歌になっています。

「どんなあなたでも好きだからね」という言葉
バイバイしたあと あの子がくれたメール 救われました

おそらく、付き合ってる彼女なのでしょう。

お母さんからはこんな言葉もありました。

長い人生 たった何ヶ月か 休む時間があったとしたって なんにも問題ないよ

「うつ病」というのは、(自死という形で)致死率が非常に高い病気ですが、こうして支えてくれる人がいれば、少しはマシかもしれません。

なお、うつ病の治療は、ごく初期を除いて、基本的には薬物療法が中心です。世の中にはいろんな情報が錯綜していますが、基本は薬物療法で、補助的に他の方法を利用するようです。

本当にひどいときは死ぬ気にもならないそうですが、回復期は中途半端に行動力があるので大変危険なんだそうです。

どういうわけか、薬の長期服用を嫌がる人が多いようですが、正しく服用すれば問題ありません。不審なことがあれば医師とよく相談してください。

2014年8月29日金曜日

出会いの奇跡(143/365)

『歌・こよみ365完全版』の12枚目は「出会い」がテーマのようですが、この曲はそのものずばり「出会いの奇跡」。

時々、奇跡のような出会いがあります。この歌は具体的なことについて言及していないのですが、最後の方に

出会いの奇跡を あなたが教えてくれた

とありますから、ご本人の経験ももちろんあるのでしょうが、それに気付いたのは別の人だと想像できます。そして、おそらくそれは宮崎奈穂子さんだと思います。

有名なエピソードがあります。

コンビニエンスすらのローソンが、店内放送のリクエストをTwitterで受けていた頃、ファンが毎日「ぴっかぴか」という曲をTweetしていたそうです。その輪が広がってきたちょうどその頃、路上ライブでCDを買ってくれたのがローソンの担当者だったそうです。

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▲看板にローソンの名前が読み取れる(2012年5月)

そのせいかどうか、ローソンとの縁は続き、ローソンで販売するパスタのブランド「パスタ屋さん」のテーマソングを歌うことにもなりました。

今でも、路上ライブではCDに並んで、ローソンのマスコットキャラクターのポンタがいます。

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▲チラシだけもらっていく人が抵抗ないように、チラシやCDの展示は少し離れて配置する。
よく見ると、缶からポンタが顔を出している(2014年4月)



▲社会音楽家フェス(2014/8/10)の講演で、出会いの奇跡を語る宮崎奈穂子さん

2014年8月28日木曜日

あなたなら そう言うのでしょうか(142/365)

大人になると、見方も変わるし、「痛い言葉」まで目に入るという歌。

『歌・こよみ365完全版』の12枚目は「出会い」がテーマのようで、この曲も「あなたならそういうのでしょうか」と問いかけています。

目前にはいないようなので、「あなた」の立場は分かりません。恩師か、離れてしまった友人でしょうか。

軟らかく しなやかに 風に流れる
たんぽぽのように生きなさい
あなたなら そう言うのでしょうか

とあるので、恩師か先輩のような感じがします。

私が好きなメロディもここです。特に「生きなさい」の部分が好きです。

ところで、宮崎奈穂子さんの曲にはタンポポがしばしば登場します。「タンポポ」という曲もあります。

派手ではないけれど、一所懸命生きているタンポポのようになりなさいと親御さんに言われたと聞いたような気がしますが、出典が見つかりませんでした。

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▲アスファルトとコンクリートの隙間で花を咲かせるタンポポ

ところで、現在、日本で多く見られるタンポポは「セイヨウタンポポ」で、名前から分かるように在来種ではありません。在来種は、カントウタンポポやカンサイタンポポなど、細かく分かれていますが、いずれも劣勢です。

面白いことに、昔からの環境が保存されているところでは在来種が残っています。私が中学の頃ですから、もう40年近く前になりますが、京都御苑のタンポポはほぼすべて在来種でした(おそらくカンサイタンポポ)。当時既に市街地ではセイヨウタンポポが圧倒的に多かったので驚いたことを覚えています。

「外来種が在来種を脅かす」と言いますが、その責任の一部は、在来の環境を破壊した私たちにあるということになります。

2014年8月25日月曜日

そんなあなたのような女性になりたいのです(139/365)

『歌・こよみ365完全版』の12枚目は「出会い」がテーマのようで、今度は目標とする人。

「そんなあなたのような女性になりたいのです」とあるので、女性なのでしょう。通常「目標」になるのは同性です。女性が少ない仕事では、女性が男性を目標にすることはありますが、その逆はほとんどありません。その根底には、社会的な差別構造があると思われますが、ここでは触れません。

一般に「人に教えることで、初めて本当に理解できる」と言いますが、「誰かの目標にされることで自分が頑張れる」ということもあります。

目標とする人がいたら、それを秘密にせず、本人に伝えることをおすすめします。目標にされていることを知れば、もっと頑張ろうと思うでしょう。目標が成長すれば、自分ももっと成長できます。

宮崎奈穂子さん宛のTwitterを見ていると、「目標にします」という書き込みがしばしば見られます。これはとてもいいことだと思います。

同じように頑張っていても、頑張り方によっては「ああなりたい」ではなくて「ああはなりたくない」になったりします。この加減は結構難しいと思うのですが、自分が楽しそうにすることはとても重要だと思います。

別に後輩のためではなく、楽しそうに仕事をすれば楽しくなるということもあります。同じ仕事なら楽しい方がいいですよね。

▲宮崎奈穂子さん宛の現在のTweet

2014年8月23日土曜日

あの子(137/365)

『歌・こよみ365完全版』の12枚目は、どうやら「他人との関わり」がテーマのようです。この曲も、自分と「あの子」との関わりを歌います。

努力しても無駄だと思うこともあったけど、「あの子」を見ていると、もっとがんばろうと思ったという歌詞です。

「歌・こよみ365」は、誰かからの依頼や、自分(宮崎奈穂子さん)以外の人を描いた曲なので、もしかしたら「あの子」は、宮崎奈穂子さんのことかもしれません。

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▲写真では分からないと思いますが、雨が降る中、軒下で歌っています