2014年12月31日水曜日

9月13日 (266/365)

『歌・こよみ365』のチャレンジ表明は2012年12月1日、完成発表が2013年11月23日です。この歌のタイトル『9月13日』は、2013年9月13日と考えるのが自然です。

2013年9月13日は金曜日、歌詞に「金曜日の22時過ぎ」とありますので間違いありません。

「今歌ってた 青い空のCDちょうだい」
金曜日の22時過ぎ 背広の男性

という始まりです。

何度か紹介しているとおり、この曲は『優しい青』、宮崎奈穂子さんのデビュー曲です。


▲優しい青(2014年7月26日名古屋)

この日の路上ライブを最初から聞いていた仲間の情報によると、足を止める人が誰もおらず、寂しい状況だったそうです。

路上ライブ仲間から「早く来い」と連絡があったくらいです。

私が到着したときは人も増えたいたのですが、最初は本当に誰もいなかったということです。

ここ数年の宮崎奈穂子さんは、ファンを含めて5人から20人くらいは人が集まるので、1人だけというのはかなり珍しい状況です。

歌詞には、22時過ぎの男性の台詞

「今日は最低だっんだ」にかっと笑って

とか

私だけだめなんだって 嘆いていたって違うんだって
あなたが教えてくれました

という言葉の意味が、ちょっと違って聞こえます。

9月13日は写真を撮っていなかったようなので、9月12日の写真を紹介します。同じ場所です。

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2014年12月30日火曜日

私の身体にありがとう (265/365)

いつも頑張ってくれている私の身体にありがとう、という歌です。

絶対に体調を崩せない大きな仕事が終わった直後に風邪で寝こむという経験は、多くの人が持っていると思います。

やっと息抜きができると思ったのに、寝こんでしまうのはとても残念ですが、「今日まで頑張ってくれてありがとう」と言いたいですね。

精神的な緊張感が、身体に影響するのは事実ですが、永久に続くことはありません。どこかで休めないと本当に身体を壊してしまいます。身体を酷使する状況が続くと、身体を強制的に休めるためにうつ病になるという説もあります。

おそらくは俗説で、根拠のない話だと思いますが、ありそうな話です。

ある程度、心や体に負荷をかけないと成長できないというのは本当ですが、あまりにも負担をかけ過ぎると折れてしまいます。

バランスを取るのは難しいことですが、限度を超える前には必ず身体のサインがあるそうですから、注意したいものです。

「女性の方が負荷に強い」という説があります。これ自体が俗説で、あまり根拠はないのですが、その理由は「女性は、身体が危機に陥ると、月経が止まるため、問題に気付きやすい」ということがあるそうです。俗説の、さらに俗説なので、かなりいい加減な話ですが、これもなんとなくありそうな話です。

2014年12月29日月曜日

続いていきますように (264/365)

満州から引き上げてきて、苦労してきた母親のことを思い、その思いが次の世代に続いていきますようにという歌です。

「満州」は、本来「満洲」と書き、もともとは民族の名前で、「カリフォルニア州」とか「ニューヨーク州」のような地名を示す言葉ではないそうです。

現在の中国では、満洲という言葉は使われず「東北部」と言います。また民族名としての満洲は「満族」と呼びます。これは、旧「満州国」が日本による傀儡(かいらい)政権であり、中国政府が満州国を認めていないからだということです。

実際、日本の植民地としての役割もあり、多くの日本人が移民し、生活していました。

なお、建国理念としては「民族自決の原則に従い、満洲民族、蒙古(モンゴル)民族、漢民族による民族自決の原則に基づき、これに朝鮮人(韓国人)と日本人を加えた「五族共和」をうたっていました。ちなみに、清朝は満洲民族の国家であり、満州国の元首には清朝最後の皇帝である溥儀(フギ)がつきました。

第二次大戦末期、ソ連(当時)が進攻し、多くの日本人兵士がとなり、シベリアなどで過酷な強制労働が課せられ、多くの命が落とされました。

やむを得ず、子供を置いて(預けて)脱出した人も多く、これが「残留孤児」問題になっています。どれだけ生きられるか分からない状況で、幼い子供を連れて行くか、中国人に預けるか、どちらを選ぶにしてもつらかったことだと思います。

無事に日本にたどり着いた人も、多くは日本に生活基盤がなく、終戦直後の混乱の中、大変な苦労をされたようです。

この歌に出てくるお母さんは、こうした引き揚げ者のひとりだったのでしょう。昭和21年8月に引き上げたということですから、昭和20年(1945年)の終戦から1年です。

終戦から翌年の4月まではソ連の軍政下にあったそうです。その後、中華民国に返還されたのですが、共産党軍による対中華民国ゲリラが活発化し1948年に共産党が満州を制圧、1949年に共産党による中華人民共和国が成立します。

満州は、日本の植民地としての側面があったため、裕福な暮らしをしていた人も多かったようですが、もちろんそうでない人もいますし、裕福であっても、終戦で財産を奪われたり、家族を亡くしたりした人も多かったようです。

それは、ソ連が悪いとか、満州族が悪いとか、中華民国の責任とか中華人民共和国の責任とか、そういう話ではなくて、(個々の事件は別として)全体としては戦争の結果ということになるのではないかと思います。

今の日本では、家族が散り散りになって逃げる必要もなく、突然財産を募集される心配もありません。本当に幸せなことです。

2014年12月28日日曜日

しなきゃだめかな症候群 (263/365)

みんながしてるからダイエットしなきゃ、大人が言うから夢を持たなきゃ、音痴だと笑われうから上手に歌わなきゃ。

人に言われて「こうしなきゃだめ」と思うことは良くありますが、最近はそのプレッシャーがちょっと強すぎるように思います。あるいは、若者が言うことを聞きすぎるように思います。

新人研修をしていても、昔はちょっと斜に構えた奴がクラスに1人か2人いて、隙あらば揚げ足を取ってやろうという奴がいたものです(すみません、私がそうでした)。

ここ何年かは、本当によくできた若者が多くて、こちらが失敗してもなぐさめられる始末です。

むしろ尊敬するくらいですが、よくよく聞いてみると、自分たちも気配りに疲れているそうです。

最近は就職活動が激化しているようですが、これは良くないなと思うのは「自分らしく生きない」「自分を生かせる仕事を見つけなさい」という指導です。「自分らしく」なんていうのはそう簡単に分かるものではないし、分かるとしても何年か仕事をしてからの話です。

自分を生かせる仕事を探すのではなく、人から求められる仕事を見つけることが大事だと思います。そもそも仕事というのは、他人を幸せにするための行為であって、自分のためにするものじゃありません。

さすがに、嫌いな仕事を続けることはできませんが、嫌いでなければ(特に好きでなくても)とりあえずやってみればいいと思います。

2014年12月26日金曜日

凛 (262/365)

「凜とした人になりたい」という決意の歌です。

最初は、状況描写で始まります。

空は 悲しいほど青くて
ねこじゃらしは 風に揺れる
木漏れ日 きらきら踊って
夕焼けが 空を染めていく

天頂近くは青く、西の空が赤くなっていく様子がうかがわれます。

「青い空」と「オレンジの夕焼け」は、宮崎奈穂子さんの曲によく出てきます。デビュー曲は「優しい青」つまり、青空の歌ですし、夕暮れの情景を描いた「オレンジ」という曲もあります。

その他、言葉として登場する曲が多くあります。一度数えてみたいと思っていますが、さすがに手で数えるのは面倒です。昔の言語学者や文学者はやってたことですし、今でもやっている人は多いでしょうけど。


▲優しい青
ちょうど私が初めて宮崎奈穂子さんを見かけた頃のようです。


▲オレンジ
先の「優しい青」の少し前、同じ場所です。

2014年12月25日木曜日

母から子へ (261/365)

『歌・こよみ365完全版』22枚目には、母親についての歌が多くあります。この曲もそのひとつで、離れて暮らす子を思う母の気持ちを歌います。

母親と父親に優劣を付けられるものではありませんが、日常的なことは母親に頼ることが多いのではないでしょうか。私の実家は自営業だったので、両親ともに家にいて、2人とも仕事をしていたわけですが、母からは生活する態度を、父からは仕事する態度を学んだように思います。

特に印象的な歌詞があります。

疲れたら 空を見上げて
あなたの大好きな空は ちゃんとそこにある
あなたの幸せを 誰より祈ってる
お母さんがいること 忘れないで

「空がそこにあるのと同じようにお母さんがいる」というのは、考えたら大変なことです。もちろん、実際には空がなくなる可能性よりも、お母さんが突然亡くなる可能性の方がずっと高いわけですが、そんなロジックを越えた母の存在感があります。

そして、この「疲れたら空を見上げて」のメロディが本当にいいんですが、これはお伝えできません。

2014年12月24日水曜日

生まれたからには (260/365)

仕事に行き詰まったり、疑問を感じながらも

生まれたからには 意地でも人生 楽しみます

と前向きな姿勢です。

世の中には、悲観的な人と楽観的な人がいます。無意識のことが多いのですが、どちらも人生を楽しく過ごす戦略だと言います。

楽しく過ごすために悲観的になるというのは不思議ですが、うまくいかなかった時のダメージを最小限に抑える戦略と考えられます。

最初から「駄目だ」と思っていれば、本当にうまくいかなかったとき「やっぱり」と思えます。上手くいけば儲けものです。

一方、楽観的な人は将来に希望があって楽しいのですが、うまくいかなかった時のダメージが大きくなります。

悲観-楽観-1

しかし、よく考えてみると悲観的な人は結果が出るまでずっと心配です。

「うまくいなかったらどうしようどうしよう... やっぱりだめだった」では全く楽しくありません。

一方、楽観的な人は結果が出るまでずっと楽しんでいます。

「多分うまくいく、うまくいったらどうしようかな... あ、だめだった」だと、確かにだめだったときのダメージは大きいのですが、結果が分かる直前までは楽しく過ごせるはずです。

悲観-楽観-2

結果が出る時というのは一瞬ですから、そう考えると、楽観的になった方が人生楽しめるのではないかと思います。

「生まれたからには意地でも人生楽しみます」は、仮にうまくいかなかった時に大きなダメージを受けたとしても、いつも楽観的で過ごしたいということではないかな、と思いました。

2014年12月23日火曜日

ちょっとだけポジティブになれる方法 (259/365)

「ちょっとだけ」っていうのがミソかもしれません。

胸を開こう 背筋伸ばそう 口角を上げよう 目線も上げよう
気持ちが盛り上がったら 目を閉じてつぶやく
「今日もきっと素敵な一日になる」

2014年7月に発売されたミニアルバム『なりたい自分になるまで』の表題曲には、以下のようなフレーズが登場します。

顔を上げて、背筋伸ばして、口角を上げて深呼吸して

対比させてみましょう。

ちょっとだけポジティブになれる方法 なりたい自分になるまで

胸を開こう

深呼吸して

背筋伸ばそう

背筋伸ばして

口角を上げよう

口角を上げて

目線も上げよう

顔を上げて

メロディが違うので、順序も変わっています。「胸を開こう」と「深呼吸して」は、一見違う言葉ですが、やってみると同じことだと分かります。あとから出来た分だけ、より具体的で分かりやすくなっているのかもしれません。

気持ちを切り替えるのは難しいことですが、行動することは簡単です。気持ちが伴わなくても、とりあえず行動することで気持ちが変わっていくこともあるでしょう。

顔を上げて、背筋伸ばして、口角を上げれば、元気に見えますし、元気な人にの回りには元気な人が集まり、チャンスが巡ってきます。そうしたら、自分も元気になります。

『ちょっとだけポジティブになれる方法』のラストはこうです。

胸を開こう 背筋伸ばそう 口角を上げよう 目線も上げよう
人間は結構単純でした 幸せ感じた者勝ちです
「明日もきっと素敵な一日になる」


なりたい自分になるまで

2014年12月22日月曜日

あなたの言葉 (258/365)

ちょっと意味が分からないのですが「鳴らない携帯」「空っぽの左手」「思い出す」という言葉から、大切な人がどこかに行ってしまった、もしかしたら亡くなってしまったような感じがします。

いなくなったらしい人の言葉として、

「みんなほんとは さびしいんだよ」

「みんな 笑いながら泣いてるんだよ」

が登場します。こんな言葉を残して去って行かれるのは、ちょっとつらいですね。

この季節が来たら(177/365)」と少し似ているので、もしかしたら同じ話かもしれません。

2014年12月21日日曜日

こんなに頑張ってるのに (257/365)

デスクワークの人のようですが「こんなに頑張ってるのに」結果が出ないことに悩んでいる様子です。デスクワークでここまで悩む人は結構珍しいように思います。そうでもないのでしょうか。

頑張って成果が出ないのは、頑張り方が足りないか、頑張り方が間違っているか、もともと不可能か、どれかでしょう。

真面目な人は、頑張りが足りないと思ってしまいがちです。確かに、頑張り方が足りないことは多いでしょうが、単に根性で乗り切れないこともたくさんあります。

物理学者アインシュタインも

今までと同じこと繰り返して、異なる結果を期待するのは狂気である

と言っています。

うまくいかないときは、やり方を変えてみるのもひとつの方法です。

でも、そもそもできないことかもしれないので、あんまり焦らない方がいいかもしれません。

頑張りが足りないからできないのか、そもそも無理だからできないのか、この2つを区別するのは難しいんですよね。

2014年12月20日土曜日

きゃべつ畑 (256/365)

飲食店が続きます。今日は、広島風お好み焼き屋さんを歌った「きゃべつ畑」を再掲します。


たまプラーザのお好み焼き屋さん「きゃべつ畑」の歌です(最寄り駅は、東急田園都市線・横浜地下鉄「あざみ野」駅)。

2013/11/23に渋谷AXで行なわれた宮崎奈穂子さんのライブでもスタンドフラワーが出てました。

宮崎奈穂子さんのブログ記事『最近の振り返り。「きゃべつ畑」さんと、レーサー谷口信輝さん!』から

レジの前に、私が載せて頂いた朝日新聞一面の記事が
お客様によく見えるように置いて下さっていました(;;)
CDや本、DVDも置いて頂けることに。。!!(;;)

ありがとうございます。 きゃべつ畑さんのブログ記事『へへへっ きゃべつ畑♪』にも出てました。 そして、実際に行ってきました。日曜の昼だったので、お客さんはそれほど入っていませんでした。

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歌詞の通り、平崎橋の交差点曲がれば
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灯りがともるお店が見える(昼に行ったので灯ってませんでしたが)

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店内には、いろんな人のサイン色紙がありました。

宮崎奈穂子さんのはサインだけでなく、CDや書籍もありました。
ご夫婦でなさっているお店です。

リーズナブルな値段で美味しいお好み焼きをいただきました。

2014年12月19日金曜日

Dream Catcher 1985 (255/365)

おそらく、名古屋のスポーツバー「Dream Catcher 1985」のことです。2012年末にオープンということなので、ちょうど『歌・こよみ365』のプロジェクトが始まった頃ですね。

食べログ「Dream Catcher 1985 (ドリームキャッチャーイチキューハチゴ)」によると、ピザが食べ放題だそうです。

Facebookページ「Dream Catcher 1985」もありますが、あまり更新されていないようです。紹介ブログに「ドリームキャッチャー1985」があるくらいで、あまりよく分かりません。

食べログの口コミは1件のみ、写真を掲載しているのはレビューしている人とは別の1人だけです。写真はちょうど100枚、かなり多くの写真を載せていらっしゃいますが、この方食べログに掲載している全写真がこの100枚だけ。不思議に思って調べたらオーナーさんみたいです。

ブログ「私もうすぐ、社長になる・・・
プロフィール「

機会があれば行きたいと思います。

2014年12月18日木曜日

今見ている景色は自分の心の鏡 (254/365)

他人の悪いところは気になりますが、自分についてはなかなか分からないもの。人に対して思ったことを、自分がしていないかどうかを確かめたいものです。

他人の行動(今見ている景色)は、自分の心を移す鏡です。

景色は変えられないけど 私の心は変えられる

という言葉があります。

実際の話、自分の心はそう簡単に変えることはできません。相手の心はもちろん変えられませんし、行動だって、よほどの権力を持っていないと無理です。それに強制的に行動を変えさせたら、心はもっと離れてしまい、余計に問題が悪化します。校内暴力が減ったら「いじめ」が増えたようなもんです(この因果関係は証明されていません)。

本当に変えられることは「自分の行動」だけです。意識しているのかしていないのか、この直後のフレーズが

行動しよう まずひとつずつやってみよう

でした。まず、自分の心は置いておいて、形だけでも変えてみる、行動してみることで、自分の心も変わってくるし、周囲の行動も変わってくるかもしれません。

2014年12月17日水曜日

ドライ(253/365)

感情の起伏があって、でもそれを抑えないといけない状況がある。ドライにならざるを得ない環境で、いっそ感情なんかなければいいのにと思ってしまうことはあるでしょう。

この歌では結論は出ておらず

ドライにならざるを得ない この世界で
置いてきた感情 気付かないふり続けたまま

で終わります。

私は、この結論ははっきりしていて、どんな場合でも感情を優先します。理屈は感情を生かすためのツールに使うものであって、感情を殺すことに使ってはいけません。

SF作家の新井素子は「.....絶句」という小説で、人間が文明を発達させたのは感情の力が強かったからだというストーリーを展開します。あまりにも強い感情のために、一度は世界が滅びるのですが、もう一度やり直した姿が現在の人類だという話です。

これはSFですから、あり得ない展開にはなっていますが、感情というのはそれくらい強いものですし、人間の力の源です(小説の内容にはあまり触れていませんが「SF小説『.....絶句』(新井素子)について」)。

感情と感情がぶつかることもあるでしょう。感情をそのままぶつけると喧嘩になるので、いったん感情を論理に置き換えてからぶつけます。そうするとダメージは少ないのではないでしょうか。

でも、あくまでも主役は感情。素手で喧嘩するとお互い痛い思いをしますが、道具を使えば痛さを感じないで喧嘩ができます。論理はそのために使いたいものです。

もっとも、素手で人を傷つけるのは意外に難しいのですが、道具を使うと簡単に傷つけたり殺せたりします。主役は感情であること、必要以上のダメージを与えないこと、それだけは気を付けるようにしています。

2014年12月16日火曜日

肩の力抜いて (252/365)

完璧じゃなくても大丈夫、肩の力抜いてという歌です。

真面目な人ほど、やるからには完璧にしようと思うようです。でも、新しいことをしたり、難しいことをしたり、チャレンジを伴う場合は完璧は無理です。そもそも完璧にできる言葉かりしていては、なかなか人間成長できません。

もちろん、手を抜いていいわけではありませんが、駄目なときは駄目と、肩の力を抜いて臨みたいものです。

できれば、失敗したときにフォローする体制が欲しいですね。会社の場合は、本来上司がその責務を負うべきです。社員が成長することは会社の利益ですから、そのために多少のリスクは取るべきなんです。

「もっと頑張っておけばよかったな」(213/365)」 では、「徒然草」150段を紹介しました。もう一度掲載します(要旨のみ)。

「下手なうちはこっそり練習して、上手くなってから披露しよう」などと考えている人は決して芸を習得できない。

上手な先輩の中に交じって、怒られようが笑われようが、平気で練習するものだけが芸を習得できる。才能や素質なんかなくても、休みなく、自分勝手なやり方をせずに練習すれば、きっと成功する。

名人と言われる人でも、最初は無能と言われたり、恥ずかしい思いもしているものだ。

だから、肩の力抜いていきましょう。

2014年12月15日月曜日

カタクナじゃなくて、やわらかく。(251/365)

部活動や仕事をしていて気付くのは、「人によって得手不得手がある」ということです。学校の勉強の場合は、得手不得手と言っても実際には勉強量の差に過ぎなかったりします。

もちろん、勉強量の差が生じるのは得手不得手があるからですが、そもそも授業内容は個人の資質の差によって変化しないように考えられているから当然です。

しかし、部活動になると、決まった学習手順があるわけではないので個人差が大きくなってきます。社会に出ると、その差はもっと広がります。

ただ、そこで「私は、この仕事苦手だから」と避けていては成長できません。

心理学者のキャロル・ドゥエック氏は、能力観(自分がどれくらいの能力があるかの認識)を「固定的能力観」と「拡張的能力観」に分類しました。

固定的能力観は、自分の能力を固定されたもので、進歩しないものだと考えます。一方、拡張的能力観は、自分の能力は変化するもので、これからも伸びていくと考えます。

ドゥエック氏の著作の邦訳『「やればできる!」の研究―能力を開花させるマインドセットの力』では、それぞれ「こちこちマインド」「しなやかマインド」と表現しています。

こちこちマインド(固定的能力観)」の人は、「今ある能力」で物事に取り掛かろうとするため、予想外の出来事や難しいことに直面するといった逆境に弱いそうです。

一方「しなやかマインド(拡張的能力観)」の人は、「今の能力ではできないかもしれないけど、とりあえず挑戦してみよう」と思うそうです。

面白いのは、子供をほめるとき「100点取ったね」と言うのはあまり良くないそうです。結果の評価は「現在の自分の能力が素晴らしい」と思ってしまい、能力を固定されたものと考えやすいからです。

そうではなく「頑張った結果が100点という評価になったね」のように、過程(プロセス)をほめると「そのプロセスを繰り返すことで、もっと高い能力が得られる」と思うそうです。

この曲のタイトルは「カタクナ」と「やわらかく」ですし、歌詞にも「『嫌だ!』って言って止まっちゃう」と「とりあえずやってみよう」が対比されています。ドゥエック氏の著書を読んだのでしょうか。

2番では、ものの見方が紹介されます。自分と異なる意見を出されても

「そっか、確かにそういう見方もあるよねえ」って
やわらかく受け止める方が 前に進めること分かってる
さあ、どうしようか

とあります。受け入れることがいいのに決まっているのに「さあ、どうしようか」というのは、次のフレーズで分かります。

カタクナじゃなくて やわらかくありたい
これが実際なかなか難しくて困る でもそうなりたいな

このフレーズのメロディが、ほんとに困っている感じがしてなかなか素敵です。

ところで、宮崎奈穂子さんを紹介するときにはこういう文章がよく使われます。

サポーター(ファンクラブ会員)を1万5,000人集めて、武道館コンサートを実現
今までに売ったCDは5万枚(武道館直後は4万枚と言ってました)

数字による結果は分かりやすい指標なので、よく使うのですが、ファンは1万5,000とか5万という数字は大して気にしていないでしょう。おそらく宮崎奈穂子さん本人もそうだと思います。

1万5,000人集めるのにどれだけの工夫と苦労をしたのか、武道館に人を呼ぶためにどんなことをしたのか、そこが大事なことだと思っているはずです。

宮崎奈穂子さんが以前に所属していた事務所では、期間を区切ってCDの販売目標がよく設定されました。一番有名なのが、彼女の最後の数値目標となった「50日間で5,000枚のシングル」ですが、これは未達でした。

とは言え、最後まで粘る姿に心を打たれた人は多く、私も生まれて初めて同じCDを2枚買ったくらいです(著書に「(CDを)上げる人を思い出したから」と戻ってきた人のことが書かれています。他にも同じような人がいたかも知れませんが、私がそうでした)。

もし「50日間で5,000枚のシングル」が達成していたら、結果だけが評価されてしまったかもしれません。そうしたら、武道館の集客が6,000人(主催者発表)しかなかったことで、自分の限界を感じてしまったかもしれません。

武道館を満席にすると1万5,000(これがサポーター人数の根拠)、音楽イベントだともう少し減るのですが、実際にアリーナ席から後方を見渡すと、2階席に相当な空席がありました。「失敗」と思ってしまっておかしくないくらいです。

もちろんプロですから結果は大事ですが、それがすべてではありません。もし、結果だけで評価していたら、もしかしたら今の宮崎奈穂子さんはなかったかもしれませんね。

似たような話を「「も」(239/365)」でも書きました。あわせて読んでいただけると幸いです。


「やればできる!」の研究―能力を開花させるマインドセットの力

2014年12月14日日曜日

鍵はどこにあるんだろう? (250/365)

セレンディピティ』と同様、何かの寓話を元にした歌です。

「夢の扉」を前にするものの、扉は開かない。鍵が必要なのだろうが、どこにあるか分からない。途方に暮れて助けを求めたら、手伝ってくれる人がいた。その数がどんどん増えていって、とうとう扉は開いた。鍵は最初からなく、みんなで力を合わせることで「夢の扉」が開いたという内容です。

詳しいことが、宮崎奈穂子さんのブログの中で質問に答える形で紹介されています。
*「ナチュラルにお返事します(*´∀`)~質問コーナー~」お返事①*

私の解釈では、この寓話の教訓は3つあります。

  • 1人では何もできない
  • 真剣に取り組むことで協力者が現れる
  • みんなで協力すれば夢の扉は開く

評論家の岡田斗司夫さんが『悩みのるつぼ』という書籍の中で、真剣に取り組んでいない「夢」を「ナルナル詐欺」と呼んでいます。

「まんが家になりたい高校生の孫にどう言って聞かせればいいか」という相談に対する回答です。要約すると以下の通りです。

それは「ナルナル詐欺」、なにも我慢せず、単なる夢想や逃避が「夢」。保護者が応援すべきなのは「夢」ではなく「目標」。やりたいことを我慢して日々積み上げて到達を目指すこと。

この一年は捨てるつもりで、以下のことを実行する。

  1. 孫に「マンガ家になるという目標を応援する」「そのために一年間、鬼のスパルタ家族になる」と宣言する。ちゃんとコマを割ってセリフを描いてるか、毎日どれぐらい描いてるのか進行具合をチェックする。
  2. 運動部を辞めさせて、自由時間はすべてマンガを描かせる。毎月16ページの短編を完成させて、東京の出版社に持ち込みに行かせる。部屋で描いてるのは落書き、持ち込んだ原稿のみがマンガ。
  3. 期間は1年。ダメなら普通の大学に行く。1年やっても編集から注文が来なければ「10代でデビューする才能」がないので「マトモに就職して、仕事しながらマンガ描いて持ち込み続ける」という戦略に切り替える。

面白いエピソードなのでぜひ読んでください。全文は「[悩みのるつぼ]漫画家になりたい孫

でも、実際にはデビューしてからが大変です。まんが家は1人でもなれますが、継続するには多くの人の協力が必要です。仮に1人で全部出来たとしても(非常に難しいことですが)、作品にお金を払ってくれる読者が必要です。

宮崎奈穂子さんの曲も、武道館コンサート以降は「チームで仕事をする」という内容が増えているように思います。小さなライブハウスでは1人で歌えるでしょうし、大きめのライブハウスでも小編成のバンドがあれば十分です。でも武道館くらいになると、大舞台に負けない演出も必要ですし、さまざまなスタッフも必要ですし、第一客席が100人程度では格好がつきません。

結果的に、路上シンガーのステージとしては素晴らしい演出で、6,000人の観客はみんなが満足して帰ったことだと思います。

ところで、「悩みのるつぼ」は、絶妙な回答が多い上、悩み相談の考え方まで書いてあっておすすめです。ぜひ読んでみてください。電子書籍版もあります。


悩みのるつぼ〜朝日新聞社の人生相談より〜

2014年12月13日土曜日

インスタント(249/365)

インスタントなものではなく、本物を大事にしたいという曲ですが、冒頭だけ

インターネットをつなげば
いらない情報まで飛び込んでくる

と、インスタントとは直接関係ない言葉で始まります。もしかしたら「インターネット=検索=手軽」というつながりかもしれませんが、「いらない情報まで飛び込んでくる」というところに実感がこもります。

人の前に立つ仕事をしていると、評判が気になるものです。多くの人に満足してもらうのが仕事ですから、個人のブロガーが気にするのとはちょっと違います。

さて、本題のインスタントですが、原義は「近くに(in)立って(st)いる(ant)」の意味で、「近くに立っている」から転じて「すぐの」とか「緊急の」を意味する形容詞意味になったそうです。

名詞形は「instance」で、こちらは「実例」とか「証拠」とか「実体」という意味になります。「すぐ近くにある」ということなのでしょう。

インスタントコーヒーやインスタント味噌汁はすぐ飲めますし、インスタントラーメンは手軽にできます(実際にかかる時間はそんなに変わりませんが、手軽さが違います)。

手軽ではありますが、やはり代用品です。たとえば、インスタントコーヒーには分量を正確に測ればなかなか美味しいものもあります。スターバックスのインスタントコーヒー「VIA」は、店頭で売っているコーヒーの味をかなり忠実に再現していて驚きました。しかし、コーヒーを入れているときに広がる香り雰囲気までは再現できていません。

ちなみに、VIAは日本でも米国でも売っていますが、お湯の分量が違うので注意してください。日本で売っているものはスターバックスでいうショート、米国で売っているものはトールです(米国は基本的にショートサイズがありません)。

このように、インスタントは基本的に代用品ですが、独自の存在感を示すものもあります。たとえば、インスタント写真(インスタントカメラ)です。これは、ポラロイド写真(ポラロイドカメラ)を意味する言葉として生まれました(ポラロイドはポラロイド社の商標です)。

ポラロイド写真は、デジタルカメラが出る前、プロの写真家が照明のチェックをしたり、撮影前の現場を撮って原状復帰させるために使ったりしていました。

写真家のアラーキーこと「荒木経惟(あらきのぶよし)」氏は、一時期ポラロイドカメラに凝っていて「これでエッチな写真も簡単に撮れる」とエッセイに書いていました。

アラーキーは、現像過程に無頓着な人で、自分の撮った作品も街の写真屋さんに現像処理をお願いしていたそうです。彼の写真はエロチックなものが多く、当然のようにプリントを拒否されたそうです(フィルム現像はしてくれます)。

ポラロイド写真なら、その場で像が現れるため気兼ねなく撮れるというわけです。画質は決して良くありませんが、独特の雰囲気が出て、アラーキーの作風とは合っていたように思います。

デジタルカメラが普及し、「撮ったその場で見える」という利点が特別なものではなくなったためでしょうか、ポラロイド社は経営破綻しました。

入れ替わるように登場したのが、富士フイルムの「チェキ」です。ポラロイド写真と同様の使い勝手ですが、判型がかなり小さいことと、画質の良いことが特徴です。

画質については主観的なものですが、私の友人は「3割増しできれいに写る」と言っていました。おそらく、DPE店にあった店頭写真現像機のノウハウが詰め込まれているのでしょう。

デジタルデータと違い複製ができないことが、希少価値を生み、アイドルライブでは物販の定番商品となっています。同じCDを何枚買っても同じものですが、チェキは毎回違うものが入手できます。そもそもCDを出していないライブアイドル(地下アイドル)もたくさんいます。判型が小さいことで、保管しやすいという利点もあります。

インスタントなものよりも、本物を求めたいものですが、インスタントから生まれた本物もあるということですね。

2014年12月12日金曜日

歩き続けよう(248/365)

人と比べても意味がない、私は私の人生を歩き続けるという歌です。

『歌・こよみ365完全版』には、この種の歌詞が多く見られます。そういう応募があったのかも知れませんが、「エピソードを募集」にしてはちょっと抽象的な感じがします。具体的なエピソードをもとに、宮崎奈穂子さんの想いが入ったのではないでしょうか。

「歌・こよみ365」の開始宣言は以下の通りです。

ブログ記事「「歌・こよみ365」という挑戦を始めます。」より

「武道館の感謝をどうやったら伝えられるんだろう」
「どうやったらちゃんと恩返しをしていけるんだろう」
と、ずっと探してきて、ひとつの答えにたどり着きました。
私にできることは、「歌を歌うこと」と「路上で広めること」

だけです。
これまでは、私自身の歌を歌ってきました。

でも、どんな方の人生にも、素敵なドラマがあります。
これからは、恩返しの気持ちを込めて、
皆様のドラマを、代わりに歌わせて頂き、
広めさせて頂きたいと思います。
「歌・こよみ365」は、
365日、毎日一曲ずつ、全部で365曲を発表していくという挑戦です。

実際には、応募ではない曲も若干は含まれるようです。この曲がどうだったかは分かりませんが、未熟でも力不足でも「歩き続けよう」という決意は彼女らしい歌詞になっています。

2014年12月11日木曜日

17:30(247/365)

タイトル通り、夕方の情景を描いた曲です。

自分のやりたいことを目指して一人暮らししている、おそらくは女性。

「頑張るって決めたなら どこまでも頑張りなさい
でもつらくなったら休みにおいで」よぎる母の言葉

やりたいことができて、帰る場所もあって、幸せなはずなのに、どこか不安で寂しいようです。

ところで、この曲には多くの単語が羅列されています。

17:30を指す時計 後ろに伸びる影
髪揺らす風 踏切の音
コインランドリー スーパーの買い物袋
誰かの家の明かり 銀杏(ぎんなん)の匂い

という感じです。

宮崎奈穂子さんの曲でもときどき使われている手法ですが、これだけ多用されているのは少ないかもしれません。

続くと耳に付きますが、たまに聞くと新鮮で、想像の余地があって、なかなかいい感じです。

ちなみに、銀杏は「ギンナン」とも「イチョウ」とも読むので、漢字で書くとどちらか分かりません。歌は「ギンナン」でした。

イチョウは、ありふれた街路樹ですが、中生代から新生代にかけての種で、「生きた化石」として絶滅危惧種に入っているそうです。ちょっと不思議な感じがします。

ちなみにシーラカンスの仲間は中生代に絶滅したので、こちらの方がちょっと古いようです。

2014年12月10日水曜日

寂しがり屋の恥ずかしがり屋(246/365)

寂しがり屋なのに「寂しい」と言えず、恥ずかしがり屋だから「ありがとう」「ごめんなさい」が言えないときがある。そんな時は、「あったかい愛で包めたらいいな」だそうです。

最後の「みんなもあなたも私もおたがいさまだから」のメロディは伸びがあってとてもいい感じです。

「ありがとう」「ごめんなさい」といえば、昔、文化放送で放送されていた「セイヤング」で、落合恵子さんが担当していた曜日に「愛の伝言板」という人気コーナーがありました。

検索しても見つからなかったので、記憶に頼って書いてみます。

たったひとこと「ありがとう」
たったひとこと「ごめんなさい」
そのひとことが言えないあなたに代わって
愛の伝言板

1978年には終了しているので、宮崎奈穂子さんはご存じないかも知れませんが、エピソードを送った方が覚えていたのかもしれません。

このコーナーのオープニング曲が、ローレンス・ウェルク楽団演奏の「Happy Heart」ですが、探せませんでした。一般には、アンディ・ウイリアムスが歌う曲として有名で、こちらは映像がありました。


▲アンディ・ウイリアムス「Happy Heart」

2014年12月9日火曜日

あなたの声 言葉を聞きたい(245/365)

頑張ったとき、他の誰でもなくて「あなた」のにほめてもらいたいという話。他の誰よりも「あたな」にほめてもらいたい。ほめてもらいたいから頑張るのでもないけど、「あなた」の声で言葉を聞きたいという歌です。

若いときに、そういう精神的な支えになる人を見つけられるかどうかは、その後の職業人生を大きく変えるように思います。

否定されたり阻害されて育った子供より、認められた子供の方が高い能力を発揮するように、大人でも認められた方が成長するようです。

直接言葉をかけられなくても、自分で目標を設定するだけでも違うそうです。この人を師と仰ごうと思う「仮想メンター」でも効果があるそうなので、目標のない人は試してみてください。

「こんな人になりたい」という思いを具体化したものが「ロール(役割)モデル」です。全く新しい仕事をしている人は、ロールモデルを見つけにくく、目標が定めにくく、なかなか能力も発揮できないようです。

上級職に就く女性が少なかった頃は、「(仕事における)女性のロールモデル」が見つけにくいと言われていましたが、ようやくちらほら出てきたようです。

ロールモデルは、単に頑張っているだけとか、能力が高いだけでは駄目で、自分と近いところを含まないといけないし、何より「なりたい自分」の要素を含まないといけないみたいです。そうでないと「あんな人には(要求が高すぎて)なれない」「あんな人には(大変すぎて)なりたくない」となってしまいます。

今までの女性は、特に上級職の女性は男以上に働いてきた人が多いため「あんな風にはなりたくない」と思ってしまう人が多かったようです(「名誉男性」という言葉があるくらいです)。でも、これからはもっと力を抜いて「ふつうに」仕事をする人が増えてほしいものです。そうしたら、男性の働き方ももう少しゆったりできるかもしれません。

1組の男女で、男性が120%働いて女性が40%働くより、男女ともに80%働いた方が人生楽しいと思います。

2014年12月8日月曜日

なりたい自分になるには(244/365)

『歌・こよみ365完全版』には「なりたい自分」という言葉が頻繁に登場します。この曲はそのものずばり『なりたい自分になるには』。

近道はないし、リスクを取りながら着実に進もう、という歌詞です。

ちなみに、宮崎奈穂子さんが2014年7月に発売したミニアルバムのタイトルが『なりたい自分になるまで』です。曲調は全く違いますが、「なりたい自分」は、彼女の最近のテーマのようです。


▲『なりたい自分になるまで』プロモーションビデオ

『なりたい自分になるまで』は、タワーレコードなどで購入可能です。表題曲以外にも『歌・こよみ365』に歌詞が一部出てくる曲が入っています。『歌・こよみ365完全版』は、きっと後世の研究者に貴重な資料を提供するはずです。

2014年12月7日日曜日

電車は走る(243/365)

夕方に帰宅して、故郷の母を思い帰ろうか迷う一人暮らしの人でしょう。帰宅と帰郷に電車をかけているのでしょうか。

夕方の情景は、宮崎奈穂子さんの歌ではおなじみのオレンジ色です。「オレンジ」という夕方の歌まであります。


▲オレンジ

歌詞ノートには「Station Melody by H. Shiozuka」とありました。調べたら、塩塚博さんのことのようで、多くの発車メロディを作曲している方です。

言われてみれば、イントロや間奏の他、歌のワンフレーズなどが「JR-SH1-1 」という発車メロディに似ています。ただ、テンポも違うし、アレンジも違うので、別の曲と考えていいでしょう。実際、私は歌詞ノートを見るまで気付きませんでした。クレジットは原作曲者に敬意を表するものであり、そのまま使っているわけではありません。

なお、JR-SH1-1というのは、着メロ配信をするときにJASRACに登録することになり、その時に便宜的に付けたタイトルだそうです。


▲塩塚博さんの作曲した発車メロディのリスト(一番最初が該当曲のJR-SH-1です)

2014年12月6日土曜日

人の本当のあたたかさ(242/365)

人の本当のあたたかさ (先輩アーティスト kado jun さんに贈る歌)」に若干の修正を加えました。


宮崎奈穂子さんが以前所属していた音楽事務所「Birthday Eve」時代の先輩ミュージシャン Kado Junこと、門谷純さんに向けた歌です。門谷はカドタニと読みます。関西では、人名や地名の「谷」は「タニ」と読む方が一般的です。たとえば、京都には「渋谷街道」という道がありますが、これは「シブヤカイドウ」ではなく「シブタニカイドウ」ですし、「鹿ヶ谷」は「シカガヤ」ではなく「シシガタニ」です。Kado Junさんも関西出身のようで、「カドタニ」と読みます。

私、Birthday Eveの方はたいてい路上で見ているんですが、Kado Junさんだけはまだ見たことがありません。積極的に追いかけていなくても、大概どこかでお会いできるものなんですが、なぜか本当に1回もありません。

ライブでは何度かお見かけしています。一応「社会派」ということになっているらしいんですが(実際、社会問題の曲は多いんですが)、私はもうちょっと個人的な曲の方が好きです。たとえば「天体観測」とか。

歌詞には路上ライブのことが書かれていますが、写真がないので撮影が許可されたステージの様子を載せておきます。

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▲2013年4月27日「Birthday Eve祭り」より

もともと、Kado Junさんは大阪で活動されていました。宮崎奈穂子さんとの最初の出会いは、Kado Junさん(当時は門谷純)のライブのバックコーラスを担当した時だそうです。まだ事務所に所属して間もない頃だったようですが、今思えば豪華ですね。

Kado Junさんは、2014年3月末で音楽事務所Birthday Eveを離れ、独自に活動していらっしゃいましたが、2014年10月からは同時期にBirthday Eveを離れた伊吹唯(いぶきゆい)さんとともに、「はなもも」というユニット活動をしていらっしゃいます。

なお、伊吹唯さんは、「歌・こよみ365」制作期間中は「さとなか唯」として活動していらっしゃいました(家族のように (先輩アーティスト さとなか唯さんに贈る歌))。


▲「天体観測」(門谷純)

2014年12月5日金曜日

今はお仕事をがんばるときなんです(241/365)

洋服屋さんの素敵な服を横目に通り過ぎ、パーティや女子会にも参加せず、友人の結婚にも気付かない。でも、今はお仕事をがんばるときなんです、という歌。

そういえば、今は秋の服は秋に売っていますが、昔は違いました。ひとつ先のシーズンの服しか店頭には並んでいませんでした。なぜ7月にバーゲンをするのか分からない人も多いでしょう。ボーナスが出るからではなく(もちろん、それもあるでしょうが)、秋物に入れ換える時期だったからです。

状況が変わったのは、渋谷109に代表される若者向けの店が増えてからです。店長に、客と同年代の女性を起き、慣例のとらわれない店舗運営を任せた結果「今着たい服を売る」という当たり前のことが実行されたそうです。

話によると、店舗の改装を頻繁に行うことで、目新しさを持続することも考えたそうです。改装中は閉店するので、その間、大きな利益を上げた店長はご褒美にハワイに連れて行ってもらえたとか。どこまで本当か分かりませんが、本当だとしたら店長たちもやる気を出したでしょうね。

若い店長たちは、ハワイ旅行を目標に、店舗のレイアウトから仕入れ、販売、販売員の指導まですべて自分で考えて実行したそうです。

実は、この施策、景気が悪くなって、店員の給与を下げるための苦肉の策だったという話も聞きました。店長と言っても、若い女性の給料は安く、大きなコストカットができたそうです。ただ、東急が外食チェーン店などと違うのは、安く雇った店長に権限を委譲し、責任を持ってもらう代わりに、成功したらインセンティブを与えたことです。

実際はどうだったのかは分かりませんが、結果的に109は大きな成功を収めました。そして、その成功は若い店長たちが「今はお仕事をがんばるときなんです」と頑張った結果です。あの「友達接客」を嫌う人も多いのですが、彼女たちなりに考えた結果なのでしょう。

2014年12月4日木曜日

信じる(240/365)

初めて会った人に対して、とりあえず信じる人と、とりあえず疑う人がいます。どちらが悪いということではありません。

この曲は、まずは「人を信じる」と言っています。それは「出会った人みんなが教えてくれた」からだそうです。

「安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方」という書籍によると、「最初は信じる」方がだまされる率が低く、「最初は信じない」方が裏切られることが多いそうです。人を見る目があるから、初対面で信じるか信じないかを判別できるため、結果的にだまされないのかもしれません。

また同書によると、米国人に比べ、日本人には「とりあえず疑う」人が多いそうです。そういえば、日本人はSNSでの匿名率が他国よりもずっと高いのは、初めて出会った人を疑ってかかるからかもしれません。

日本人のモラルが高いのも、他人の目を気にするためであって、見つからないと分かっている場合はぐっと低下するそうです。

著者は、集団作業が重要な農耕が主体だったため同調圧力が強いと推測しています。また、人口の流動性が低かったため、長時間かけて信頼関係を築くことができたのだろうとも書いています。

そういえば、田舎に行くとよそ者はなかなか受け入れてくれませんし、海外旅行のパッケージツアーが始まった頃は、日本人のマナーの悪さが世界的に問題になっていました。「旅の恥はかきすて」という言葉すらあります。

海外のサッカースタジアムで、日本人のマナーの良さが話題になっていますが、これはニュースになることを見越しての行動かもしれません。その証拠に、サッカーのマナーがほめられた直後のハロウイーンは、渋谷の街がゴミであふれていました。

交通や通信が発達し、多くの人と会うようになると、昔のように長時間かけて相手の人となりを評価するわけにはいきません。そうすると、

難しいことは置いておいて
理屈や理論はいったん忘れて
とにもかくにも「人を信じる」ということを

心がけた方がいいのかもしれません。


安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

2014年12月3日水曜日

「も」(239/365)

効率も大事だし、がむしゃらさも大事、結果大事だし、過程大事。

最近、企業の人事考課は「MBO (Management by Objectives)」つまり、「目標による管理」が増えてきています。これは、最初に決めた目標(通常は数値目標)を設定し、その達成のための手順は社員自らが主体的に管理するという者です。

ただし、実際には「目標さえ達成すれば良い」ということになりがちで、懐疑的な見方も多くあります。実際に、単純なMBOは既に主流ではないという説もあります。

児童の発達過程では、結果をほめると「結果さえ良ければ」と思ったり、「能力だけが評価され人格は評価されない」と誤解してしまい、失敗すると人格を否定されたかのように落ち込むという例があるそうです。

大人の場合は、もう少し理性が働くでしょうが「結果だけ評価されてもなあ」という人は多いと思います。

宮崎奈穂子さんの、武道館ライブへのチャレンジは「サポーターを1万5,000人集めた」という結果に注目されがちですが、実際に武道館に行った人は「サポーターを集める過程に感動した」という人が多かったようです。

とは言え、やはり1万5,000人という数字の意味は大きく、「結果も過程も大事」ということになります。

一般に、プロの仕事は結果だけで評価されます。お客様に向かって「頑張ったので許してください」と言っても通じるわけがありません。だからこそ、同僚やサポーター(あえてファンとは言いません)は、過程を評価してあげないといけないのじゃないかと思います。

幸い、今は各種SNSで簡単にメッセージを伝えられますから、単なるファンを超えたサポーターを目指すなら、過程に対する評価をしたいものです。

悪いところ、改善すべき点は、通常は言う必要はありません。本当に気付いていない場合もありますが、たいていの場合、悪いことは自分たちが一番よく分かっているものです。

ところで、タイトルの「も」ですが、カギ括弧が含まれるようです。宮崎奈穂子さんの楽曲で最も短いタイトルは「手」ですが、こちらはカギ括弧を含まないので、依然として最短記録保持曲は「手」です。

これ以上短いタイトルはあり得ないのですが、将来「目」とか「歯」という曲ができればタイ記録になります。


▲‎2011‎年‎10‎月‎6‎日武道館コンサートが決まったあとの路上ライブ
雨ですが屋根のある所で歌っていました(当時は眼鏡をかけていません)

2014年12月2日火曜日

WISH UPON A STAR (238/365)

このフレーズは、1940年のディズニー映画「ピノキオ」の主題歌『星に願いを』の原題『When You Wish upon a Star』として知られています。ディズニーランドでも流れているそうです。

多くの人がカバーしていますし、「星に願いを」という日本語訳も定着しています。「When You Wish upon a Star」という表現は意外に知られていないような気がしますが、音楽に興味を持っている人なら当然知っているでしょう。

この曲は「星に願いを」と、曲が似ているわけではないのですが、雰囲気は似ていて、どちらも同じくらいの名曲になっています。

内容は「誰かの笑顔を作れる私になりたい」というフレーズがあるように、星に願いを込める歌です。

星といえば、宮崎奈穂子さんの初期の曲に「ステラ」という作品があります。ステラ(stella)は恒星の意味です。「星が光るのは、微妙なバランスの上に成り立っている」と聞いて、人間の気持ちのバランスとリンクさせたそうです。

もっとも、実際の恒星は安定しており、「微妙なバランス」というのは、何か別の条件があるのを、宮崎奈穂子さんが聞き落としたのだと思います。こうした技術的な問題は、歌の価値には何の影響もないので誤解のないようにお願いします。このブログは、そういうどうでもいいところを取り上げるようになっているから書いているだけです。

WISH UPON A STAR』には「何億光年の向こう」という表現が登場します。言うまでもなく「光年」は距離の単位で、時間の単位ではありません。真空中で(宇宙はだいたい真空です)光が1年間に進む距離が「1光年」です。

実は、「何億光年の向こうの光」を日常生活で体験することはありません。そのため、科学的な説明ではなく、詩的な表現と解釈してください。ただし、繰り返しますが科学的に不正確な表現があったとしても、歌の価値には何の影響もありません。

「宇宙の距離」について例を挙げましょう。

有名な「夏の大三角」を構成するベガ(こと座)は25光年、アルタイル(わし座)は17光年、デネブ(はくちょう座)はちょっと遠くて1,400光年ですが、それでも億にはとうてい及びません。

ちなみに、銀河系の大きさがざっと10万光年、アンドロメダ銀河(星雲)までが250万光年、裸眼で確認できる最も遠い天体までは314万光年です。

このように、何億光年も離れた星は一般には知られていません。何しろ肉眼で見えないのですから、望遠鏡が発明される以前は知られようがありません。

なお、そんなつまらないことを言っていると、人間関係に支障が出るかもしれませんのでご注意ください。

出典: 光年 (Wikipedia)


▲When You Wish Upon A Star

2014年12月1日月曜日

一生分の恋~Wedding Song~ (237/365)

『歌・こよみ356完全版』には、結婚式の歌が9曲入っています。

  • ずっと ずっと~Wedding Song~ (Disk 6)
  • ふたり 歩いていこう~Wedding Song~ (disk 12)
  • ありがとう~Wedding Song~ (disk 12)
  • お父さんとお母さんへ~Wedding Song~ (disk 12)
  • 春夏秋冬~Wedding Song~  (disk 15)
  • 愛が支えるウエディング~Wedding Song~  (disk 18)
  • 一生分の恋~Wedding Song~  (disk 20)
  • 誓いの言葉~Wedding Song~ (disk 26)
  • 家族~Wedding Song~  (disk 28)

『一生分の恋』は、20枚目に収録されています。

同じ結婚式の歌でも、それぞれに特徴があって、どれもいい曲に仕上がっています。

この曲の特徴は、ラストにも登場するフレーズ

今日から恋人のまま 家族になるね
一生分の恋だと「この人だ」と聞こえたから
今日結婚します

にあります。

もっとも、心理学的には恋愛感情は3ヶ月から3年しか継続しないことが分かっており、愛の質は異性愛から家族愛に変わっていくものだそうです。子供を育てるには、その方が都合がいいからかもしれません。

愛の変質を「恋が覚めた」と感じるか、「より高いステージの愛に到達した」と考えるかは本人次第です。

2014年11月30日日曜日

イメージ(236/365)

夢が大きいほど不安になるけど、なりたい自分をイメージして、欲張ってもいいはずだという歌です。

宮崎奈穂子さんには「イメージの詩」という曲があります。作詞作曲は立石賢司さんで、宮崎奈穂子さんではないのですが、宮崎奈穂子さんが歌っておかしくない曲に仕上がっています。実際、武道館でも歌ったくらいですから、自分の気持ちも反映しているはずです。

「イメージの詩」は、若い頃の不安な気持ちが出ており、武道館前の宮崎奈穂子さんと重なります。最終的には「まずは動きだそう」「ニコニコしよう」と前進することに決めますが、明確な「なりたい自分」はあまりよく見えません。

一方、この曲「イメージ」は「夢が大きいほど不安になる」とは言うものの、明るすぎるくらい前向きな曲に仕上がっています。具体的には書いていませんが、「なりたい自分」というものがあるようです。

それにしても「歌・こよみ365」では「なりたい自分」という言葉が頻繁に登場します。また、7月に発売されたミニアルバムのタイトルは『なりたい自分になるまで』です。最近の、宮崎奈穂子さんのテーマのようです。

2014年11月29日土曜日

ラストチャンス(235/365)

一時期、自分の夢を諦めていたのに、どうしてもあきらめきれずに戻ってきた様子です。

大人の夢が 叶ったっていいでしょう
これが僕の ラストチャンス

夢を持つのは、もちろん青年期だけではありません。大人も夢を持ちますし、叶うこともあります。

黒人差別反対運動の指導者マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)が、伝説的な演説「I have a dream (私には夢がある)」を行ったのは1963年8月28日で、34歳の時でした。政治家としての34歳はかなりの若手ですが(1964年のノーベル平和賞は史上最年少での受賞でした)、世間で「いつまでも夢を追うな」と言われる場合はかなり上です。

 

この方が何歳かは分かりませんが、「ラストチャンス」というわけではないはずです。やなせたかし氏が「アンパンマン」を書いたのは50歳の時、テレビ放送の開始は69歳の時です。やなせ氏がまんが家を目指したのが28歳の時ですから、世間的な成功までは実に40年以上もかかっています。

大学受験や就職活動が、人生を左右すると思っている人はたくさんいますが、二十歳前後のイベントなど、実は大したことないのかもしれません。

2014年11月28日金曜日

外はふわっと 中ぱりっと(234/365)

「外はぱりっと、中はふわっと」「外はかりっと、中はとろっと」という言葉は、食品のコピーによく使われます。昔、週刊アスキーで「『外はとろっと、中はかりっと』だと食べにくくてしょうがない」というギャグまんががありましたが、この歌はまさにそれです。

でも、食品ではなく、人間性のお話です。

外はふわっと、人当たり良く、中はぱりっと芯を持って仕事をしよう(仕事には限りませんが)という歌詞ですが、普通とは逆の使い方で、なかなかいいタイトルです。曲も軽快で、何でも軽くこなしているような格好良さが出ています。

大きなミスをしても「ここで泣いたら女がすたる」と背筋伸ばしてデスクに戻り、苦手なメイクも頑張って「弱さも強さもちゃんと隠せてる」。本当は大変なんですが、それをアピールしても仕方ありません。

弱いところを隠して信頼してもらい、強いところを隠して受け入れてもらうのはとても大事なことです。

これができれば、本当に魅力的な女性になれます。男性も見習いたいところですが、化粧で隠すのが難しいのは残念です。

路上ライブをしていると、いろんな人が来ます。酔っ払いがマイクを奪って勝手に歌おうとしますし(マイクのスイッチを切っていました)、うるさいからやめろという人もいます(素直に移動するか、姿が消えるまで待ちます)。嫌がらせであっても通報があれば警察は中止の指示を出します(素直に従います)。滅多にありませんが、ヤクザが場所代を要求してくることもあります(金銭は決して渡さず移動します)。

「気に入った」と言いながら話しかけて歌の邪魔をする人もいれば、準備を手伝ったり、移動時について来る人もいます(移動は別々に、準備や撤収は極力手伝わないのが宮崎奈穂子さんの場合のマナーです)。

この辺のあしらい方を見ていると、人当たりはいいのですがしっかりとした対応で、本当に「外はふわっと、中はぱりっと」を実践しています。

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▲こんな感じで集まります

2014年11月27日木曜日

そんな生き方だから(233/365)

自分の意志を通そうとすると、周囲との摩擦が発生するという歌。

可能性は無限大で どんな障害も成長のチャンス

という歌詞は、宮崎奈穂子さんの初期の作品「壁と僕」に

壁は乗り越えるんじゃなくて 僕を強くするもの
(2012年11月2日発売 『路上から武道館へ〜Birthday Eve〜』)

という歌詞があります。

歌詞には「自分を貫く」「迎合しない」と、強い言葉が続きますが、賛同者を募り、時には人の意見を聞くことも大事です。これは別の曲で歌われていますので、多面的に考えるのがいいと思います。

自分の意志をしっかり持って信念を貫くことと、他の人の意見を取り入れて軌道修正することは、決して矛盾するものではないはずです。

「壁と僕」が収録されたアルバムは、武道館単独公演当日の発売ですが、私はWebサイトで購入し、直前に入手したように思います。

BirthdayEve

2014年11月26日水曜日

この手で描いた線(232/365)

以前書いた記事「この手で描いた線」の再掲です。

元の記事が削除されないことを願っています。


銅版画家・小松美羽さんに贈る歌

まずは宮崎奈穂子さんのブログ
【歌・こよみ365第4弾アルバム】小松美羽さんに贈った「この手で描いた線」歌詞公開*
をご覧ください。

銅版画家・小松美羽さんとは長野のイベントでお会いしたそうです。

「歌・こよみ365」の曲は、依頼者やエピソード主のことは意外に描かれていないのですが、珍しく詳しく書いてありました。

ですので、ここで書くことはもうありません。

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2014年11月25日火曜日

「将来」(231/365)

学生時代、「大人」はどう見えていたのでしょう。「仕事は厳しい」とか「大人は大変」とか、ネガティブなことばかり言う大人が多かったので、あまりいいイメージはなかったのではないでしょうか。

学生には学生の楽しさがありますが、大人にも大人の楽しさがあります。

この曲では

学生のときは 勉強して
部活して 恋をして
文化祭とか 頑張って
進路のこと 考えたりして

とか

毎日全力で 生きていた
悩んだり 夢見たり
喧嘩したり 仲直りも
遅刻しそうで 走ったりとか

と歌いますが、すべて「大人」と同じです。

大人になっても毎日勉強して、趣味のサークルで活動し、恋をして、サークルの発表会をして、転職のことを考えます。

毎日全力だし、悩んだり、夢見たり、喧嘩したり、仲直りしたり、遅刻しそうで走ったりもします。

私の家の近所に高校があります。文化祭頃からカップルが増え、12月後半から2月中旬までがピークのようです(言うまでもなくクリスマスとバレンタインデーの間です)。

あるとき、男の子の手が不自然に動いていることに気付きました。隣に並んで歩いている女の子の手をつなごうとしているみたいですが、タイミングがつかめないようです。

「大人」には、こういうところはないかもしれません(いや、人によってはあるかもしれませんが)。

別のときは、朝信号待ちの女の子同士が会話していました。

「あれ、遅刻じゃない?」
(どうやら1時間目は体育で、着替える時間がいるらしい)
「うん、大丈夫、走れば間に合う」

その後、信号が変わっても2人はふつうに歩いていました。私は「走れよ」と心の中で突っ込みました。

「大人」も、客先に行くときは走りますが、特別な用がなければ遅刻する人が多いかもしれません。これは同じですね。

そういうわけで、人間、学生時代も社会人になっても、そんなに変わるわけではないということでした。

2014年11月24日月曜日

プライド(230/365)

「若いときに悩んだことを無駄にしないために、今頑張ることが私のプライド」という歌です。こういう発想はあまり聞いたことがなかったので新鮮です。

済んでしまったことは、どうやっても取り返すことはできませんが、未来は変えることができます。

どんなことがあっても「それもみんな何か意味があることだから」(落ち込まないぞ(221/365))と言えるのは、「未来の自分が意味あることに変えたから」ということでもあります。

この曲は、過去の自分に対して「私の苦労は無駄にしない」という歌ですが、逆に「今の苦労を無駄にしない」と未来に向かう歌でもあります。

2014年11月23日日曜日

なんでこの仕事してんだろ(229/365)

後輩も入ってきたのに、目の前の仕事で精一杯だし、それもできているかどうか分からない。向上心の高い人ほど思うようです。

どこに進んでいるか分からないと悩む人もいるようですが、それは「ビジョン型」にとらわれすぎているからかも知れません。実はしっかりした意志を持ち、その都度決断を繰り返す「価値観型」かもしれません(それでもどこかで(225/365))。

評論家の岡田斗司夫によると、学習のステップは以下の4段階だそうです。

  1. 理解する
  2. やってみる
  3. 対価(評価)を得る
  4. 人に教える

たとえば、写真を撮るならこうです。

  1. カメラの使い方を知る
  2. 写真を撮る
  3. 人に見せて感想を聞く
  4. 人に教える

今のカメラは、ほぼ全自動で撮影できるので、1は軽くクリア(というか何もいらない)、2も簡単。SNSの発達により3も簡単ですが、友人ばかりだと気兼ねして正当な評価をもらえないかもしれません。コンテストなどの方がいいでしょう。そして、学んだことを人に教える。

一般的な仕事の場合はこうなります。

  1. 研修を受ける
  2. 仕事を割り当てられる
  3. 上司やお客様から評価される
  4. 後輩を指導する

「私なんて、まだまだ人に教えるレベルではありません」と遠慮する人も多いようですが、人に教えるのは学習の途中段階で、自分の知識や技能を定着させるためという側面もあります。機会があれば指導する側に回った方が絶対に得です。

人に教えることで、自分の知識が定着し、教える側と教わる側の両方が成長できます。

2014年11月22日土曜日

恐れないで(228/365)

未来はすべて私次第。可能性はやってみなきゃ分からない。迷ったら知らない道へ進むこと。変わることを恐れないで、という歌です。

毛沢東語録(毛主席語録)にこういうフレーズがあるそうです(毛主席語録・毛沢東バッヂ)。

世界は君たちのものであり、また、われわれのものでもあるが、しかし、結局はきみたちのものである。きみたち青年は、午前八時、九時の太陽のように、生気はつらつとしており、まさに、伸び盛りの時期にある。希望はきみたちにかけられている。

モスクワで我が国の留学生、実習生と会見したときの談話[1957年11月17日)]

ぐっと省略して「世界は若者たちのものだ」と伝わっていることもあります。

「君たち」とは、モスクワ留学中の中国人のことですが、年齢的なものではなく可能性に対してかけられた言葉ではないかと思います。

チャールズ・ダーウィンも

最も強い者が生き残るのではなく、 最も賢い者が生き延びるでもない。
唯一生き残るのは、変化できる者である

と言ったとされています(実際には、こういう発言はなかったようですが)。

でも、未知なものを選択するのは難しいですね。

以前、宮崎奈穂さんはこんなことを書いていました(明日明後日は、初の長野路上ライブに行ってくることにしましたっ!)。

最近、
「1日ひとつ、新しいことをしてみる
(かつ、いいと思ったものは、続けてみる)」
が個人的なテーマです。
365日ひとつずつやったら、
1年後には何か変われているかも!
という想いを込めて。。
成長したい、という気持ちを、
行動にすることにしました。笑

2013年5月2日の記事ですが、その後いかがでしょうか。

Mao bibel.jpg
ドイツ語版「毛沢東語録」"Mao bibel" - selbst eingescannt (Benutzer:Hph).
Licensed under Public domain via ウィキメディア・コモンズ.

2014年11月21日金曜日

人間は不思議だね(227/365)

ひとつのことに満足しても、別のことを求めてしまう。ひとつの悩みが解消されても、別の悩みが生まれる。人間は不思議な生き物だという歌です。

でも、本題はそこではなくて、みんなが常に何かを求めて、いつも何かに悩んでいるから、みんな歩いて、出会い、支え合うと続きます。

自分だけでは解決できなくても、他の人と出会うことで解決できたり、他の人に欲求を満たしてもらい、他の人の欲求を満たすことが楽しいのだと思います。

自分が助かる最も効果的な方法は、他の人を助けることだと言います。常に欲があり、悩みがある人間ですが、多くの人がお互いに補い合うことで、少しは楽しい生活ができるのではないでしょうか。

2014年11月20日木曜日

お誕生日の歌(226/365)

タイトル通り、誕生日の歌。多くのアーティストが誕生日の歌を作っていますが、どれも楽しい曲です。もちろんこの曲も。「生まれてきてごめんなさい」なんて曲はあまりありません。

ちなみに、有名な「Happy Birthday」は日本での著作権は消滅しているため自由に使えるそうです。とうに消滅していたかと思っていましたが、消滅したのは2007年だそうです。しかも米国では2030年まで延長処置により継続中だとか。

誕生日は「365日のうちの特別な日」とされますが、2月29日生まれの人はどうなるのでしょう。法的には「誕生日の前日(2月28日)が終了するときに年齢を加算」とされています。つまり2月28日が実質的な誕生日になるようです。

法律には時間帯の区別はないので、「前日が終了するとき」は「前日」と同日とみなし、誕生日の前日に歳を重ねたと考えるそうです。

ちなみに、小学校は「満6歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから」なので、1学年は4月2日生まれから翌年4月1日生まれの児童で構成されます。実際、4月1日生まれの同級生は早生まれ扱いで1月から3月生まれと同じ年の生まれでした。前日加算は2月29日だけの例外のようです。

本来、このブログは、歌の解説や感想を書くのではなく、こうした注釈を書く(annotated)ところです。

数学者のマーティン・ガードナーが書いた「注釈付きアリス(The Annotated Alice)」という書籍があります。「ふしぎの国のアリス」と「鏡の国のアリス」の各所に注釈を付けまくった名著です。たとえば、「きちがい帽子屋(Mad Hatter)」は「水銀中毒で正気を失った人がいたという説がある」ことが紹介されています。

こうした注釈の多くは、本文の理解を助けるためには役に立たず、単なるうんちくに過ぎません。本ブログも、そういう内容を目指しています、本当は。


新注 不思議の国のアリス


新注 鏡の国のアリス


▲高校生シンガー「理星(りせ)」さんの「いちご☆BIRTHDAY」(動画は中学生の時のもの)

2014年11月19日水曜日

それでもどこかで(225/365)

理想を持っても、どうせかなわないからあきらめた。それでもどこかで逃げてる自分に後ろめたい気持ちを感じているようです。

高い目標に対して、「どうせかなわない」とあきらめるのは、失敗したときのダメージを回避する防衛反応という説もあります。

庄司薫の小説『赤頭巾ちゃん気を付けて』には「馬鹿馬鹿しさのまっただ中で犬死にしないための方法序説」という文章が紹介されています(主人公のお兄さんたちの同人誌という設定です)。

そこには「問題があったら、とにかくまずそれから逃げてみる。逃げ切れたら結局どうでもよかった問題だ。どうしても逃げきれない問題があったら、それが自分の問題だ」とあります。

主人公の庄司薫(小説の作者と同姓同名です)は、「では、その自分の問題を発見したときに、どうすればいいのだろう」と悩みます。

最後の最後で解決できないのですが、とりあえず自分が力を付けるための時間稼ぎとしては有効なので、ときには「逃げる」ことも悪くないと思います。「三十六計逃げるにしかず」という言葉もあります。

実は、「理想があって、それに向かっていく」というスタイル(ビジョン型)は日本人に多くないそうです。それよりも「今大切に思っていることを選択する」というスタイル(価値観型)が多いそうです(田中淳子『常に「いま大切なこと」を選んで歩む』)。

宮崎奈穂子さんの歌には、ビジョン型のキャリアが多く登場しますし、『歌・こよみ365』にも「なりたい自分」という言葉が頻繁に登場しますが、それが唯一の正しい方法ではありません。実は「別に、なりたい自分とか理想はないけどいいよね」という半ば悩んでいる歌もあるように「今、この時点で正しい選択をする」という生き方もあるということです。

2014年11月18日火曜日

ときに追いつめられることも人生大事だ(224/365)

どこに向かっているのか分からなくなることもあるけど、ぼんやりしている未来に向かって歩き続けよう。しんどいことがあってもきっと乗り越えられる。ときに追い詰められることがあっても、だからこそ見える未来がある。むしろ、追い詰められないと動けない。未来が分からないのは当たり前だから、歩き続けるしかない。

そんな曲です。

歌詞を読むと深刻な感じですが、曲は軽快で、決して深刻さはありません。

幸福とは、乗り越えられた不幸のこと

という言葉もあるように。追い詰められるからこその幸せがあるのかもしれません。

ところで「乗り越える」というのはどういう意味なのでしょう。私は「生き残る」だと考えています。どんな困難なことがあっても、死ななければ「乗り越えた」と言い切っていいと思います。

死ぬこと以外はかすり傷」という言葉もあります。初出は諸説ありますが、どうやら著述かで実業家の山崎拓巳さんの著書「人生のプロジェクト」(2007年)が最初のようです。


人生のプロジェクト (Sanctuary books)

2014年11月17日月曜日

信じてごらん(223/365)

以前書いた記事「信じてごらん」を再掲し、その後にある歌手を紹介します。


信じてごらん (ワタミグループ創業者渡邊美樹さんに贈る歌)

ブログ記事
昨日の路上ライブ&ワタミさんの創業祭、ありがとうございました!!

宮崎奈穂子さん、ワタミグループのイベントにもときどき出演していらっしゃるようです。同行したスタッフの方が「(ワタミの)社員の皆さんは、元気があって、いい印象でした」ということでした。

そして、この歌詞、ジョン・レノンの「Imagine」がモチーフになっているようです。一部を抜き出してみます。

海はつながっていると想像してごらん
世界がひとつと信じてごらん
言葉が違う国も
肌の色が違う国も
瞳の色が違う国も

こんな感じです。

▲路上ではあまり歌っていないようですが、動画見つかりました

ワタミ創業者っていうと、ちょっと敬遠する人もいるかも知れませんが先入観なしに聞いて欲しい曲です。


ジョン・レノンの「Imagine」といえば、高校生シンガーの理星(りせ)さんが時々歌っています。ちょっと高校生とは思えない迫力で感動しました。

しゃべるとふつうの、というか、むしろふつうより幼い高校生ですが、歌はほんとに素晴らしい。

この動画は、中学生のときだと思います。

英語もしっかりしていて、将来が楽しみです。

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▲天下一音楽会という勝ち抜きイベントの「アニソン・ボカロ部門」で優勝したとき
(衣装はMOBACO.さん)

2014年11月16日日曜日

キレイになりたかった私へ(222/365)

女性にとって、美醜は人生の大問題のようです。

確かに、美人は美人だというだけでモテます。それはもうどうしようもない事実です。そして「美人」は、基本的に女性にしか使わず、男性に対応する言葉はありません。こういう用語は「欠性対立」と呼び、差別的な発想が根底にある確率が非常に高いとされています(もちろん「妊婦」のように、原理的に男性があり得ない言葉もあります)。

最近は「イケメン」という言葉が使われ、美人の対応語ということになっていますが、「美人」が女性人口の50%くらいを指すのに対して(私の基準です)、「イケメン」は男性人口の1%くらいしか指さない(私の基準です)のではないでしょうか。父と母、叔父と叔母、弟と妹などはほぼ半々であるのに対して、大きな差があります。

ただ、美人かどうかはその人の長所のひとつではありますが、唯一の基準ではありません。他にも多くの評価基準があります。

男性の場合は、価値基準が多様化しており、顔が悪くても、スポートをしている姿がかっこいいとか、話が面白いとか、さまざまな要素があります。

映画「私をスキーに連れてって」で、「あなたがモテるのはスキー場だけ」と言われますが、原田知世と結ばれますし、実は原田知世と仲を取り持つ女性も昔からその男性を好きだったことが示唆されます。スポーツ選手と結婚する女優というのはよくある話です。

また、決して美形とは言えないコメディアンが美人女優と結婚する例もたくさんあります。明石家さんまは、今でこそ女性に人気がありますが、デビューした頃は特別な芸もないし、美形でもなく、「その他大勢」扱いでしたが、トーク番組に出るようになってからブレークしています。

女性に対しても、単一の価値観で評価する時代は、本当はもう終わっています。ちょっと気の利いた男性は、美醜で彼女を選ぶことはありません。そりゃ、美人ちゃんがいればお近づきになりたいと思いますが、それだけが評価基準というわけではないんです。

大人になれば、そういうことがちょっとは分かるかもしれません。分からない人は相変わらず悩んでいるようです。化粧技術の駆使くらいで留まればいいんですが、美容整形を病的に繰り返すようになると深刻です(美容整形そのものを否定するわけではありません)。

この歌では、きちんと向き合えたようです。

ごめんね 大人の私も 美人とは言えないし
今もまだ 比べては 悩んだりする毎日です
だけと毎日がちゃんと意味あるものになってる
夢に向かって歩けてる
だから、もう 悩まないでいいよ

ちなみに、すべてのパーツを「美しい」で構成した顔写真は、確かに美人だけど、特別な魅力は感じないそうです。

2014年11月15日土曜日

落ち込まないぞ(221/365)

結構自信があったコンペに落ちた、でも「落ち込まないぞ」という曲。

医者の友人が「コンペで負けたたら、そのための準備がゼロになってしまって、つらいだろうな」と言ってました。確かに、コンペのためであっても、見積もりやらリソースの確保やら、いろいろな準備が必要ですし、負けたらゼロになります。でも、それで人が死ぬわけじゃなし、医者のプレッシャーの方がよっぽど大きいと思います。

それに、コンペに落ちても、よい提案は顧客の印象に残り、次の仕事につながることがあるかもしれません。実際に、そういうことは何度もあり、営業的にはコンペに落ちてからが勝負です。

一般には、コンペに落ちた理由を教えてくれることはありませんが、そこを何とか聞き出し、改善し、次回に備えることがで来ます。つまり、

いや 多分 これはこれで 意味があって
きっと まだまだ 成長しなきゃいけないっていう
神様からのメッセージ

というわけです。

宮崎奈穂子さんも、以前からよくそういうことを言っていて、著書にも書いてあったと思います。一時期、ファンの間では、ちょっと困ったことがあると「それもみんな何か意味があることだから」と言ってなぐさめるのが流行しました。

最後は

からっと笑って 前に進むのだ

で終わります。

のだ」というのはとても力強い言葉です。

たとえば「これでいいんだ」と言われたら、単に現状を肯定するだけでなく、ちょっとあきらめの気持ちが入るような気がします。それが「これでいいのだ」だと、積極的に受け入れるような感じがします。赤塚不二夫のギャグまんが「天才バカボン」では、バカボンのパパが決め台詞として「これでいいのだ」と言います。たいていは、「え、それでいいの?」という不合理な状況ですが、「これでいいのだ」と断定されれば納得せざるを得ません。そういう力が「のだ」にはあります。

2014年11月14日金曜日

だめな子なのかな(220/365)

自分を卑下する人っていうのは結構います。いい人なんですけど、度が過ぎると逆に困ってしまいます。

いつも迷惑かけてる? もしかして私嫌われてる? 私、お荷物だからいない方がいい?

たいていは、そう思う人は何の問題もなくて、なんとも思っていない人が迷惑だったりしますね。

がんばってるつもりなのに
がんばってるつもりでしかないのかな?

と考えることも大事ですが、もうちょっと無神経に生きてもいいと思います。

頼まれた仕事ができないときは「私にこの仕事ができると判断したあなたが悪い」とめちゃくちゃな理由を言っていた人もいましたが、ときにはそれくらい開き直ってもいいのではないでしょうか。

最後はこう終わります。

きっと答えは出ないけど
それでも歩き続けよう 私のペースで
いつか笑える日が来るかな
ずっと分からないまんま まんま...

実際、どうなるか分からないけど、今できることをやるしかないんですよ。

2014年11月13日木曜日

音楽の力(219/365)

テレビから流れる曲、中学生の頃にMDで聞いた曲、いろんなことを一気に思い出すことは、得に音楽に興味がなくても経験しているのではないかと思います。

マルセル・プルーストの超長編小説「失われた時を求めて」では、マドレーヌの香りがきっかけで話が展開します。「香りは官能を直接刺激するから、強い印象を残す」と解説されますが、実際に香りや味から過去を思い出す人は少ないでしょう。

そもそも、味は自分から能動的に感じるしかありません。街中で出会う香りは限定的ですし、過去の自分の体験と完全に同じものが出てくることも少ないでしょう。

それに対して、音楽は突然飛び込んできますし、古い曲でも聞く機会がたくさんあります。

2番では、ライブハウスの盛り上がりや、リズム、メロディ、言葉、声が合わさって心を動かす力が描かれます。

最後は

そんな誰かの心に響く
音楽を作りたいと思った

で終わります。

てっきり、宮崎奈穂子さん自身のことだと思っていたんですが、よく考えたら『歌・こよみ365』は人のための歌なので、別の人でしょうか。

『歌・こよみ365』には、音楽関係の人も何人か取り上げられていますが、1人だけ未確認の人がいます。その人の歌なのかと思うのですが、これについては確認してからもう一度書きます。

ということで

続く...

【続き】

確認したところ「エピソードのご応募をもとに作った楽曲です」ということでした。
(*「ナチュラルにお返事します(*´∀`)~質問コーナー~」お返事①*)

私の思った人と違いましたね。

2014年11月12日水曜日

あの日(218/365)

ちょっと大人になってから、昔を振り返っているのでしょうか。

歌い出しは

「明日が見えない」と 泣いたあの日 思い出して
この世の誰なら 明日が見えるって言うんだって
ちょっと笑えた

こういう気持ちは分かりますが、今思えば、若いときは、いろんな可能性があるから「見えない」と思ってしまうんですね。そのうち「明日が見えた」と悩むようになります。

でも、実際には、いくつになっても新しい明日は来ます。

若い人は、人生の残り時間がたくさんあるのに、焦って、イライラしたり不安になったりすようです。年を取ると、残り時間が少ない割りには焦りは消えます。それは、焦っても問題は解決しなことを学習したからかもしれません。そして、気持ちではなく、行動が大事だと分かってくるからかもしれません。

つまり、2番の冒頭

「夢って叶うのかな」って 泣いたあの日 思い出した
そんなの考える 暇があるなら手を動かして! って
今なら言うだろう

ということです。

夢や目標のない人も、まずは自分が人のためにできる仕事(work)をしてみること、先に紹介した評論家の岡田斗司夫さんも言っています。「金銭的な報酬はなくても、人のために自分の時間を費やすことを続ければいい」と。

「なりたい自分」とか「あるべき姿」とか、最近はそういうことを言う人が増えました。自分なりのイメージを持っている人は、それを目標にすればいいと思います(でも目標からそれることも恐れずに)。特別な目標がないのなら、「自分らしく」などと考える前に手を動かせと、私でもいます。

若者よ、自分探すな、職探せ

という言葉もありますね。

2014年11月11日火曜日

掴むんだ(217/365)

「人と比べてどうありたい」というのは、動機としてはよくありますが、あまり続かないように思います。

全盛期のイチローは(今でも十分一流ですが)、野球選手として頂点にあったにもかかわらず、インタビューで今後の目標を聞かれ「もっと野球が上手くなりたい」と言ったそうです。タイトルを取りたいとか、収入を上げたいとかではなく「野球が上手くなりたい」というのは、結構すごいことです。しかも、誰かと比べているのではなく、今の自分よりも上手くなりたいと言っています。

このように、自分でこうありたいと思って動くことを「内発的動機付け」と呼びます。報酬や賞罰による動機付け(外発的動機付け)による行動よりも、内発的動機付けによる行動の方が高い成果が得られるという研究結果があります。

外発的動機付けは、いわゆる「アメとムチ」。アメも大事ですが、それより「やりたい仕事」の方が大事じゃないでしょうか。

『家畜人ヤプー』という小説に、奴隷を効率よく働かせるには賞罰ではなく、宗教を使えというエピソードが出てきます。これは、本物の宗教には失礼な見方ですが、自分の信念に従った方が高い成果が得られることは確かでしょう。実際に、巨大建築の多くは宗教が関係しています。ピラミッドだって、奴隷ではなく、自発的に参加した人が作ったと言われています。

仕事の報酬は仕事」という言葉もあります。「いい仕事をしたら、次の(もっと楽しい))仕事ができる」という意味です。経済的な報酬ももちろん大事ですし、周囲の評価も大切ですが、もっと重要なのは「自分が満足したか」ではないでしょうか。

そして、自分が満足したかどうかは、周りの人を満足させたかで、金銭的な利益はその結果じゃないかと思います。

この曲では、昔は人と比べて悔しい思いをしたけど、今は「昨日の自分」と比べて目標を掴むんだ、と歌います。

自分が満足できて、自分が関わる人が喜んでもらうことを考えていれば評価が上がります。そうすれば経済的な問題は何とかなるものです。

経済的なものは大事だが、それ以上に「評価」というものが重要になっていきていると指摘したのが、評論家の岡田斗司夫が提唱する「評価経済社会」です。

何冊か著書が出ていますが、今回は2冊紹介します。

評価経済社会を、歴史的な変化や実例を元に論じた「評価経済社会」、評価経済社会では、働くことのあり方も変化すると指摘する「僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない」、どちらも面白い内容でした。


▲評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている

 
僕たちは就職しなくてもいいのかもしれない (PHP新書)

2014年11月10日月曜日

あなたと出会えたこの地球(216/365)

あなたと出会えたこの地球」に若干の加筆を行って、再掲載しました。


株式会社湘南貿易エコプロジェクトテーマソングとなっています。「一歩前へ」と同じ会社のための曲です。こちらのエントリもあわせてお読みください。

この曲は、リサイクルの啓蒙ソングのような感じになっています。

回収ペットボトルが、再生ペットボトルになるのは知ってましたが(他にフリースにもなるらしい)、ペットボトルの フタがボールペンになるのは知りませんでした。

もっとも、多くの場合、再生にかかるエネルギーは、新しく作るよりも多くかかるので、本当に再生が良いかどうかは分かりません。値段も再生品の方が高いことがありますし。

エコの基本は「3R」、Reduce(削減)、Reuse(再利用)、Recycle(再生)ですが、ReduceとReuseに比べてRecycleはコストがかかります。

たとえば、再生紙は普通紙よりも、製造コストがかさみ、原価が高くなると言われています。排出する二酸化炭素量も多く、決して経済的ではありません。それでも、再生紙を使うのは「森林資源の保護コスト」と考えているからです。樹木の育成には時間がかかるため、追加で発生する費用以上の効果があるということです。

ただ、二酸化炭素の排出量が増えていることを考えると、なるべくReduceとReuseを心がけたいものです。

Recycling symbol

▲リサイクルマーク

2014年11月9日日曜日

愛が支えるウエディング~Wedding Song~(215/365)

愛が支えるウエディング ~Wedding Song~」で紹介していますが、改めて書き直しました。


『歌・こよみ365完全版』18枚目は仕事関係の歌が多いのですが、出会いを描いた曲もあります。

この曲は、タイトル通り結婚式の歌です。『歌・こよみ完全版』には、結婚式の歌が9曲入っていおり、そのうちの1曲です。

友人というよりは先輩とか親戚という感じのイメージです。スピーチ風に進行するので、替え歌も作りやすいかもしれませんね。

ところで

花嫁になるためのバージンロード花婿になるためのサクセスロード

という歌詞があります。

「バージンロード」というのは、日本の結婚式場業界が考えた和製英語でだそうです。結婚式では布を敷くので、特別な道にはなります。ただし呼び名は「Wedding aisle(結婚通路)」ですから、単なる説明ですね。

英語の造語能力は低いので、特別な用語に対して一般名詞を使うことがよくあります。学術用語でも同じことで、数学の「微分」は英語で「differential」ですが、これは単なる「差(違い)」という意味です。

微分は、無限に細かく(微細に)分割して、直前の状態との差を考えることですが、「微分」というと特別な用語になります。

一方、differentialだと単なる「差」となって、引き算と区別できません。引き算はdifferenceなんですが、同じ語源の単語でもあり、専門家でない限り区別は難しいでしょう。

特別な用語を作ることで、専門家に撮っては厳密な議論ができる反面、初学者に取っては学習のハードルが高くなります。一般用語を使うと、取っつきやすいのですが厳密な理解が難しい場合があります。どちらも一長一短ですが、漢字を使えば専門用語でありながら、なんとなく意味が分かるので優れた方法だと思います。明治時代の数学者に感謝します。

数学のような抽象概念を母語で学べる国はそれほど多くありません。アジアの多くの国では大学の授業は英語だそうです。これは、専門用語が母語に翻訳されておらず、カタカナに相当する用語もないからだと聞いています。

だから、大学を出て英語がしゃべれないことを不思議に思われるのですね。

ところで、この曲では「バージンロード」に対応する「サクセスロード」というのが登場します。花婿が登場する道のようですが、結婚式では花婿は待機しているだけで通路を進みません。そういう演出もあるのでしょうか。

2014年11月8日土曜日

夢の続き(214/365)

「スポーツクラブNAS株式会社柴山良成社長に贈る歌」だそうです。

前に書いた「夢の続き(スポーツクラブNAS株式会社柴山良成社長に贈る歌)」に加筆・修正しました。


スポーツクラブNAS株式会社の柴山社長は、武道館コンサートを強力にサポートしていただきました。

武道館のコンサートは、相当な大物でもチケット代だけでは赤字になるそうで、物販の販売が不可欠なんだそうです。宮崎奈穂子さんのときも、かなり早い時間から物販が始まっており、タオルやリストバンドを売っていました。

大物でもそんな感じですから、一介の路上シンガーが黒字を出すのは難しかったかもしれません。宮崎奈穂子さんの場合は、スポンサーを付けることでなんとか採算を取ったのではないかと想像しています。

とはいえ、この御時世、単に「スポンサーになってください」で納得できるわけもありません。社長がOKと言っても、他の役員や株主が黙っていません。そこで出てきたのが「パネルディスカッション」というアイデアじゃないかと想像しています。

その時の事情説明がこの記事
11月2日(金)日本武道館公演『パネルディスカッション』に関して。

実際には、意外に違和感なく進行できたと思います(DVDは見返してないけど)。

肝心の曲ですが、これがなかなかいい曲です。が、映像がない。Amazon.co.jpでアルバム売ってたんですが、現在はもう一般流通はしていないようです。

歌こよみ365 早春編Album~夢に歌えば~ (Amazon.co.jp)

2014年11月7日金曜日

「もっと頑張っておけばよかったな」(213/365)

もっと頑張っておけばよかったな、と思うことはありますけど、それはもう遅いですね。いろいろと、できない言い訳をせずに「もっと頑張っておけばよかったな」という曲です。

昔のエッセイに、こんな言葉があるそうです(要旨のみ)。

「下手なうちはこっそり練習して、上手くなってから披露しよう」などと考えている人は決して芸を習得できない。

上手な先輩の中に交じって、怒られようが笑われようが、平気で練習するものだけが芸を習得できる。才能や素質なんかなくても、休みなく、自分勝手なやり方をせずに練習すれば、きっと成功する。

名人と言われる人でも、最初は無能と言われたり、恥ずかしい思いもしているものだ。

出典は、兼好法師(吉田兼好)が鎌倉時代末期(14世紀)に書いた「徒然草」150段です。昔と言っても大昔ですね。著作権は切れているので全文転載してもいいんですが、古語ではちょっと分かりません。

ちょっと検索したら、完全な現代語訳があったので、興味を持った方はこちらを参照してください。

『徒然草』の149段~152段の内容

ところで、この曲には「へなちょこ」という言葉が2回登場します。この「へなちょこ」という言葉がなかなか可愛らしいですね。

実際問題 まだまだへなちょこで
成長できてるのかな 不安になるんだ

実際問題 まだまだへなちょこだけど
前に進むんだ もう後悔したくない

最後は「もっと頑張っておけばよかったな」という後悔ではなく、前へ進むようです。頑張ってください。

2014年11月6日木曜日

わかってるんだけど(212/365)

前に書いた「わかってるんだけど」に加筆・修正しました。


宮崎奈穂子さんのブログ記事にも出てきました。
【歌・こよみ365曲】「わかってるんだけど」と、昨日の素敵女子さん写真@路上^^

ちなみに、この日は私もそこで見ておりました。

歌・こよみ365』の1曲目シングルは、女子レスリングの吉田沙保里さんに贈る歌『Passion Mission Action~SAORIのように~』だったんですが、1枚目のアルバム『歌・こよみ365 早春編Album~夢に歌えば』の1曲目がこの曲です。

シングルは、PR効果を狙って有名人に向けた歌を採用したのですが、アルバムは「歌・こよみ365」のコンセプトを優先して無名の人に対する曲をトップに持ってきたのかなと想像しています。


▲珍しく自分で撮った動画

かなり早い時期にできた曲ですが『歌・こよみ365完全版』では後半に入っています。『歌・こよみ365』は、一般発売されたアルバムの他、企業がスポンサーに付いた場合はシングルも出ています。そこには通し番号が書いてあるのですが、『歌・こよみ365完全版』とは違う数字です。

特別な人ではなく、ごく普通に働く人のことを歌った曲はドラマになりにくいせいか、世間には意外に少ないのですが、「歌・こよみ365」にはたくさん登場します。

考えてみれば、仕事はどれもすべて特別なもので「普通の仕事」なんてないのかもしれません。

でも、その反面、どの仕事にも共通することもあって、この曲を聞くと、誰もが自分のことを重ねられるような気がします。

この曲は、働く女性の、というか働く人すべてが、ちょっとくらいこういうことを考えたのではないかと思います。路上でも、この曲を聞いて涙ぐんでる人をときどき見かけます。

確か、この曲が出来た頃に路上ライブのテレビ取材が入っていて、インタビューされていた人がいました。

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▲確か、その時の取材の写真だと思うのですが自信ありません(2013年2月9日)。

『わかってるんだけど』は、その少し後にできた『がんばる勇気』という似たようなメッセージの曲に隠れたのか、意外に歌われる機会は少ないのですが、なかなかいい歌です。歌詞の中にある「KY」という言葉はすっかり使われなくなりましたが、もっと歌われてもいいのではないかと思います。

2014年11月5日水曜日

もやもや(211/365)

もやもやした気持ちって、ありますか? 私は今はあまり感じません。年を重ねて老人力が付いたからかもしれません。

ひとりが好きなくせに ひとりは寂しくて
自分で選んだ道なのに どこか不安でいっぱい

人間には、そういう相反する2つの気持ちが同居しているもんです。

と言っても、不安なのだからしょうがないですね。

もやもやといえば、評論家の岡田斗司夫さんが毎朝発行しているメールマガジン「岡田斗司夫の毎日メルマガ~解決!ズバッと」にこんな話がありました。出典を明記すれば転載可ということなので、これを紹介して今回は終わります。

それにしても「もやもやは、エンジン音なんだから、力を出すときにもやもやするのはしょうがない」って、すごい結論ですが、なんとなく納得できますね。


不安やモヤモヤを取り除くには

おはよう! 岡田斗司夫です。

僕がニコ生でお答えした『解決!ズバッと』を、毎日どんどんお届けします。今回は『必ず解決!ズバっと』会員からの質問です。

【質問】「不安やモヤモヤを取り除くには」
常に不安やモヤモヤを心に持っています。楽しいことをしている時もです。
この不安やモヤモヤを取り除いて、スッキリと生きていくにはどうすればよいでしょうか。

【岡田斗司夫の回答】

<岡田>
この不安やモヤモヤって、シンゴはある?

<シンゴ>
ないっす。

<岡田>
ないよなあ。俺らはないんだよ。(会場笑い)

< 岡田>
注目型と言われる俺達タイプにはなくて、理想型とか法則型の人たちは、よくあるみたいなんですけども。モヤモヤがない人間が、こういうのに答えるのは申し訳ないんだけども(笑)。

正直な話、周りで結構そういうのがいる人がいるから話聞くんだけども、その不安やモヤモヤっていうのが現状あるわけじゃん? それはもう家の中のトイレみたいだと思うしかないんだよ。トイレだから臭い匂いするの。で、このトイレをなくそうと思ったらお腹が痛いじゃん? 困るだけだから。家にトイレがあるんだから、せめてできることはトイレ掃除するぐらいだから、不安やモヤモヤはもうこれ以上増やさないことしかできないんだ。

不安やモヤモヤを隠すために、トイレのドア閉めて、トイレの周りシールドして壁塗り込めて隠しちゃったら、余計後で自分が困るだけ。だから、今ある不安やモヤモヤは、毎日あるのが自分の正常。なくなってきたら自分は頭がハイテンションになって変になっちゃってるんだ、と考える。

逆に不安やモヤモヤが膨らんできたら、いつもの不安やモヤモヤより増えてきてるからちょっと減らすようにする。ということで、今ある不安やモヤモヤはもうしょうがないと思って、それと一緒に生きる。

<シンゴ>
一緒に生きてください。はい、頑張りましょう(笑)。そんな感じで、いいんですか?

<岡田>
「巨神兵みたいにロッカー蹴りたくなる」(コメント)って言われてる。しょうがねえじゃん! 俺達は不安やモヤモヤないんだから(笑)。モヤモヤがない人間にしては良い解答したと思うよー!(笑)。

<シンゴ>
この質問のすごいところは、”楽しいことしてる時も不安やモヤモヤがある”んですよね。

<岡田>
そう。俺は、そういうの”作動音”って呼んでるんだけども。

自動車のエンジン掛ける時は、ブワーンって作動音するじゃん? 自動車が走れば走るほどエンジン音が大きくなるじゃん? それと同じで、この人は多分楽しければ楽しいほど、不安やモヤモヤがその分増えるんだよ。それはもうエンジン音だから。俺達のような電気自動車を羨ましがってもしょうがない。(会場笑い)

その代わりに、お前らには馬力があるんだからいいじゃん。俺らは不安やモヤモヤはないんだけども、人生を懸けた熱い生き方なんかできないんだから(笑)。

<シンゴ>
そうですよ! 情けなくもありますが、気持ちよくもあります(笑)。

【まとめ】
不安やモヤモヤがあるのが自分の正常として、それが増えてきたら、減らすようにする。今ある不安やモヤモヤはしょうがないと思って、それと一緒に生きる。

2014年11月4日火曜日

キラリと光る(210/365)

「誠心誠意」という言葉は、簡単に使えるものじゃないという歌い出しです。

仕事で失敗でもしたのでしょうか。

仕事の失敗は、まずは謝って(それこそ誠心誠意)、どれが駄目ならお金で解決します(たいていは払い戻し、最悪は賠償金)。

でも、結局、仕事の失敗は次の仕事を頑張るしかありません。だから、一番怖いのは謝罪でも賠償金でもなく、次のチャンスがなくなることです。

逆に、仕事の成功に対する報酬も次の仕事です。成功すれば次の仕事が優先的にきます。

コンピュータ開発プロジェクトを描いたノンフィクション『超マシン誕生』によると、プロジェクト,リーダーのトム・ウエストは「プロジェクトはピンボールと同じだ」と言ったそうです。

1ゲーム勝てばもう1ゲーム遊べる。
このマシンで勝利すれば次のマシンを作らせてもらえる。

次のプロジェクトに参加するためには、今のプロジェクトを成功させなければいけない。同じ仕事を続けるには、今の仕事を全力で成功させなければならないということです。

まるで「鏡の国のアリス」に登場する「赤の女王」の台詞「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」のようです。

『超マシン誕生』のラストは製品発表会のパーティです。開発チームのリーダーだったトム・ウェストも発表会のパーティに呼ばれますが、対外的な責任者は別の人が立てられます。おそらくビジネスの責任者でしょう。映画なら監督ではなくプロデューサの立場の人です。

最近は違いますが、昔は現場の責任者(監督に相当する人)は表に出ないものでした。記者に「あなた(トム・ウェスト)は、このプロジェクトで何をしたのですか」と聞かれたとき、何がモゴモゴ言って話題を変えたとあります。

この「超マシン」は、鳴り物入りで登場し、間違いなく多くの人を笑顔にしましたが、開発者は億万長者にもならないし、歴史の教科書にも載っていません。

今回紹介している曲『キラリと光る』ではこう歌っています。

小さくてもキラリと光る 大人になりたい
誰かの幸せ 作れる人になりたいんだ

『超マシン誕生』のスタッフは、技術的にはともかく、世間的には小さな存在でしたが、多くの人を幸せにしたはずです。有名にならなくても、社会のために役立ったことを、どこかに記録しておいて欲しいですね。


超マシン誕生 新訳・新装版

2014年11月3日月曜日

笑顔を作れる人でありたい(209/365)

ある会社の新人研修に行ったとき、その会社の社長のスピーチを聞く機会がありました。正確な言い回しは忘れましたが

「良い仕事」とは、お客様を笑顔にする仕事のことだ

という言葉が印象に残っています。これを聞いてから、自分の仕事の評価は取引額や利益ではなく

『歌・こよみ365』のこの曲も同じことを言っています。

誰かひとりでいい 笑顔を作れる人でありたい

こちらは「誰かひとりでいい」と、かなり控えめです。

「特別な人間になれなくていい」というフレーズも登場します。特別な人間の例として「億万長者」「スーパーモデル」「歴史で習った人たち」が上げられます。

たいていの億万長者は正当なビジネスで成功した人ですが、麻薬王とかヤクザの親分とかもいるので、みんなが笑顔になるわけじゃありません。

スーパーモデルはいい職業です。みんなを笑顔にします。

歴史で習った人たちは、職業によりますが、中世以前の偉人は戦争や内乱で有名になった人が多いので、必ずしも笑顔にしてくれないかもしれません。

でも、よく考えたら「億万長者」と「歴史で習う人」は職業じゃないですね。

2014年11月2日日曜日

日本一の米どころを目指す北海道米の歌 Rice Land Hokkaido(208/365)

『歌・こよみ365完全版』17枚目は仕事のことが多く歌われます。この曲は17枚目の最後にふさわしく、NHK『プロジェクトX』ばりのお話です(『プロジェクトX』ではありませんが「北海道の米」などいくつかの番組がNHKで放送されているようです)。

この記事は「ななつの星に願いを込めて」の後半に、加筆・修正をしました。転載の転載になりますがご容赦ください。


北海道の農協から依頼された、北海道米の歌です。依頼主「米米北海道のブログ」は、勤務先を説得して楽曲を発注されたそうです。

以前に別のところで書いた記事「北海道で米を作ることと、路上から武道館へ行くこと」の後半と「デジタルカメラの技術と農産物の品質管理」を転載します。


北海道米販売拡大委員会では、北海道米のイメージソングを作ってもらい、PRにつとめることになったようです。歌うのは、作詞・作曲も担当した宮崎奈穂子さん。シングルCDとして発売されていますが、ほとんどは北海道内で配布されたそうです。

シングルには3曲入ってます。3曲目は「夢を歌えば」で、これは「歌・こよみ365曲」のテーマ曲ですから実質2曲です。1曲目が以前紹介した「ななつの星に願いを込めて」、2曲目が今回紹介する「日本一の米所を目指す北海道米の歌 Rice Land Hokkaido」です。

どちらの曲も、北海道米に対するネガティブな言葉で始まるのですが、2曲目の方が衝撃的にネガティブでした。

 

●日本一の米所を目指す北海道米の歌 Rice Land Hokkaido

まず、出だしからすごい。1曲目の冒頭「北海道米なんて」程度じゃ済みません。

「やっかいどう米」と言われた時代があった
「鳥またぎ米」とばかにされたりもしたけれど

「ほっかいどう」じゃなく「やっかいどう」ですよ。鳥も食わずにまたいでいく「鳥またぎ」ですよ。こんな言葉、生産者に対して言えますか。でも言われたのでしょうね。

実は、北海道JAの方に聞くと、当初は1曲目も「やっかいどう米」だったんですが、あまりにひどい言葉なのでやめたそうです。

北海道の多くの米ブランドとともに、専門用語も登場します。たとえば「タンパク仕分け」。米は、タンパク質含有量が少ない方が米の食味が良いそうです。低タンパクな米を選別するのが「タンパク仕分け」のようです。

仕分けされた米はブランドからはずされ加工米となるそうです。自分の作った米が二級品になってしまうのはつらいことでしょう。

歌には「7.4はきっと今年も厳しいけど」という数字も登場しますが、これはタンパク仕分けのしきい値のようです。1年かけて育てた米が、7.4という数字で選別されるわけです。

それにしても、よくこんな生々しい歌ができたなあ、と思います。

楽曲としては1曲目の方がスマートですが、生産者には2曲目の方が心に響くかもしれません。ちょうど宮崎奈穂子さんの「夢に歌えば」と「路上から武道館へ」のような関係でしょうか。

2つの曲は同じシーンを歌っていますが、ずいぶんと印象が変わります。

▲「路上から武道館へ」

▲「夢に歌えば」

それにしても。現在でも、北海道で米作りをすることは大変なことではないかと思います。まして、先人の苦労は並大抵のことではなかったと思いますが、農協のWebサイトにはそうした苦労話が一切登場しないのがかっこいいですね。

これから北海道米を食べようと思いました。


デジタルカメラの技術と農産物の品質管理

デジカメの普及で、写真のうまい人が増えました。フィルム時代は撮影→現像→評価のサイクルが長く、評価してもらった頃は撮影時の感覚を忘れてました。今は撮影と同時に自分で確認できますし、各種SNSで瞬時に評価をもらえます。

それに比べて農産物は、多くの場合、年に1回しか評価されず、結果を活かすのは翌年です。それでも品種改良を継続的に続ける努力は尊敬に値します。『日本一の米どころを目指す北海道米の歌 Rice Land Hokkaido』にも「1年1作だから」という歌詞があります。

私の父の実家は滋賀県の米農家で、親戚にも多くの農家がいます。作付けしているのは主に「日本晴」です。

一般に流通している米では分からないと思いますが、米は生産者が違うと違う味になります(米に限らず農産物はだいたいそうです)。父の実家と、叔父の家では味が違います。隣の田んぼでも違うので、土壌の影響は最小限のはずです。やはり作り手の工夫が味に影響するようです。。

農協は、複数の生産者の米を混ぜることで一定の品質を確保しているのだと想像しますが、それでも極端に外れた品質の米があると困るでしょう。歌詞にも、均一性を保つ努力が描かれます。

北海道米」というブランドを確立するために、米の品質を安定させたい。そういう思いが、宮崎奈穂子さんの歌「日本一の米所を目指す北海道米の歌 Rice Land Hokkaido」から伝わってきます。

農家の方は皆さんこだわりがあり、結構大変だったんじゃないかと思います。7分59秒『歌・こよみ365』最長の曲に、いろいろ考えることがありました。

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▲7分59秒と『歌・こよみ365』最長の曲なので、歌詞がはみ出してます。

2014年11月1日土曜日

この仕事が好き(207/365)

おそらく「ハッピーマイレージ(HappyMileage)」が開催する「私は自分の仕事が大好き大賞」の歌だと思います。

2014年11月3日には「第2回私は自分の仕事が大好き大賞」が開催されるようなので、そこで披露されるかもしれません。


▲私は自分の仕事が大好き大賞をなぜやるのか?
この曲は「だから命にありがとう」(宮崎奈穂子)
なかなかいい曲ですが、路上ライブでは披露されません。ここで聞けるとは思いませんでした。

ハッピーマイレージの主宰は鴨頭嘉人さんで、以前から宮崎奈穂子さんとは関わりがあるようです。詳細は、鴨頭さんのブログ記事「路上から武道館へ!宮崎奈穂子さん」に詳しいので、ぜひご覧ください。ただし、ブログは宮崎奈穂子さんが事務所を移籍する前で、旧事務所の「代表」も最後の社長ではなく、創業社長のことだと思われます。

現在でも、宮崎奈穂子さんは鴨頭さんの講演のゲストとしてよく呼ばれていますし、インターネット番組にも出演しています。


▲第1回ハッピーマイレージTV「私は自分の仕事が大好き」(これは2013年)

ハッピーマイレージは「感謝の気持ちを形にする」運動です。運動に賛同する人は、まずハッピーマイレージカードを購入します(100枚で1,000円なので、それほど高額ではありません)。あとは、感謝の気持ちを込めて、このカードを渡します。詳しくは「ハッピーマイレージとは」を参照してください。

名刺大のハッピーマイレージカードは、原価数円はするはずなので大きな利益は出ないでしょう。営業利益は主に講演受講料から出ているように思います。

ハッピーマイレージの曲「ハッピーマイレージ」は、2012年にできており現在でもよく歌われます。一般に、企業や団体に向けて作った歌は面白みに欠けることが多いのですが、これはなかなかいい曲に仕上がっています。


▲ハッピーマイレージ

2014年10月31日金曜日

それでも 今日も戦いにいく(206/365)

ちょっとした一言でモチベーションが落ちてしまい、仕事する気をなくすことってありますね。それでも翌朝はきちんと出社して、仕事をします。

仕事しているうちに、また気分も変わるものです。

分かってるんだよ 働き始めた時のあの気持ち
どっかで落としちゃったみたいだなあ

とありますが、そこに気付けばもう大丈夫です。

庄司薫の小説『赤頭巾ちゃん気を付けて』では、主人公の庄司薫君は「世界中の人が幸せになるにはどうしたらいいか」を考えているうちに、「僕がこんなに考えているのに、誰も分かってくれない」と世の中に対して憎悪の念を抱きます(実際はそんなストレートな表現じゃないのですが、説明を端折ります)。そこへ、偶然出会った女の子と話すうちに初心に返り、「女の子を泣かせない男になろう」と決心します。

アニメ『魔法少女まどかマギカ』では、どんな願い事でも1つ叶える代わりに魔法少女になる契約をします。何人かの魔法少女が登場しますが、どの子も身近な人の幸福を願って契約します。それなのに、幸福を願った人が自分から離れていったり、誤解されたりして、絶望することになります。

たいていの人は、他人の幸せを願って仕事を始めますが、思うように進めないこともありますし、邪魔されることもあります。その結果、自分を責めたり、相手を非難したりするかもしれません。でも、それはもともとの志を否定することになるでしょう。

落ち込んだら、本当は何がしたかったのかを考え直し、直せるところは直し、交渉するところは交渉するべきなんでしょう。

もっとも、それができれば苦労はないわけですが。

ちなみに、庄司薫の小説については新潮文庫のPR文「薫くんが、新潮文庫にやって来た。」が面白いと思いました。


赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)

2014年10月30日木曜日

未来へ(205/365)

待っていても何も変わらないから、自分で未来へ踏み出すしかないという歌。

コンピュータは高価なので、1台を多数で使うことが常識の時代「個人用のコンピュータ」という概念を掲げた人がいます。

ゼロックスの研究所にいたアラン・ケイは、子供の可能性を伸ばすためにコンピュータが使えるのではないかと考え、「ダイナブック」というコンセプトを提唱します。大ざっぱに言ってしまうと、このコンセプトの一部がMacintoshやWindowsにつながります(MacintoshとWindowsは共通の親を持つきょうだいです)。

そのアラン・ケイがこんなことを言っています。

未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ

未来は誰にも分からない。実現を待っていたら、それはもう未来ではなく現在です。未来は現在の続きにあります。ありたい未来があるなら(またはあって欲しくない未来があるなら)、ありたい未来が来るように現在の努力が必要だということでしょうか。

IT業界では大変有名な言葉なので、ぜひ覚えておいてください。

2014年10月29日水曜日

ななつの星に願いを込めて(204/365)

ななつの星に願いを込めて」の前半に、加筆・修正をしました。転載の転載になりますがご容赦ください。


北海道の農協から依頼された、北海道米の歌です。依頼主「米米北海道のブログ」は、勤務先を説得して楽曲を発注されたそうです。

以前に別のところで書いた記事「北海道で米を作ることと、路上から武道館へ行くこと」の前半と「デジタルカメラの技術と農産物の品質管理」を転載します。


北海道で米を作ることと、路上から武道館へ行くこと

どの国の言語でも、文化的に重要なものや身近なものには、少しの違いを区別するための言葉がいくつもできると言われています。

たとえば、英語では雄牛と雌牛、去勢牛を区別しますし、カナダエスキモーには雪を意味する単語がいくつもあるそうです。

そう考えると、日本人に取って「米」は特別なものであることがよく分かります。

植物としての名前は「稲」、収穫したら「米」、調理したら「飯」と、全部違う言葉だからです。

しかも「米を炊いたもの」と「食事一般」が同じ「飯(めし)」あるいは「ご飯」と呼ばれます。「めし」は「召す」に由来し「食べること」だそうです。米だけが食事ではないでしょうに、驚くべき重要性です。

そういうわけで「調理した米」を指すときは「米の飯」という、「頭が頭痛で痛い」的なまどろっこしい言い方をしなければいけません。

北海道では明治初期まで米がとれませんでした。旧北海道は「松前藩」と呼ばれ、米の生産量である「石高」が設定されていましたが、便宜的なものであって、米ではなかったという話です。

明治以降、品種改良が進み、北海道は質・量ともに全国有数の米産地となりましたが、まだまだ知られていません。私も最近まで知りませんでした。私が子供の頃は「米はとれるが、味は良くない」と解説されていたように思います。

 

●ななつの星に願いを込めて~北海道米応援の歌~

そこで、北海道米販売拡大委員会では、北海道米のイメージソングを作ってもらい、PRにつとめることになったようです。歌うのは、作詞・作曲も担当した宮崎奈穂子さん。

できたのは2曲あるのですが、主テーマ「ななつの星に願いを込めて~北海道米応援の歌~」がwebサイトで聞けます(いきなり曲が流れるので注意してください)。

北海道米「ななつぼし」「ゆめぴりか」にかけた歌詞が並びます。

北海道で米作りをしている人の決意と努力がふんわり歌われていて、ななかないい曲なんですが、ちょっと気になったのが「北海道米なんて、と言われた日もあった」という歌い出し。

ふつう、企業や団体をテーマにした曲ではこういうネガティブな言葉は使いませんが、いきなりネガティブです。

確かに、私の年代では北海道米というのは美味しいイメージがありません(今は魚沼産コシヒカリに匹敵するくらい美味しくなっているそうです)。

そもそも、北海道で米を作らなくてもいいだろうという意見もあったと思います。北海道と言えば、酪農やジャガイモ、それからトウモロコシのイメージですよね。

でも、最初に紹介したとおり、日本人にとって米は特別な作物です。どうしても米を作り、自給し、出荷したいと思ったのでしょう。

もともと米作りに適しているとは言えない気候の土地で、おそらくは多くの人に「米は無理だ」「わざわざ米を作らなくてもいいではないか」と言われたのではないかと想像します。他府県はもちろん、きっと地元の方からも言われたのではないでしょうか。

歌を担当した宮崎奈穂子さんは、昨年11月2日に武道館単独コンサートを実現しました。路上ライブから、せいぜい数百人の箱を経験しただけで、いきなり公称席数1万5,000の武道館です。彼女の著書や講演によると「集客なんてできっこない」「武道館でやる意味があるのか」「やるとしても段階を踏むべきだろう」と言う人もたくさんいたそうです。

それでも、子供の頃からの夢だった武道館というのは、彼女にとって特別な意味を持っているのでしょう。最終的に6,000人を集めてコンサートを成功させます。

北海道米の曲を聴きながら、そんなことを思いました。

宮崎奈穂子さんは、「武道館の感謝の気持ちを形にするため、1年で365曲、あなたの歌を作ります」というプロジェクト「歌・こよみ365」に取り組み、1年弱で完成させました。このブログ『Annoutated 「歌・こよみ365」』は、それらの曲すべてにコメントを付けるのが目的です。

「歌・こよみ」には個人の曲も企業の曲もありますが、だいたいにおいて個人の曲の方が盛り上がります。企業だとどうしてもドラマ性が薄まるので、それは仕方ないと思います。そのかわり、安心して聞ける曲になるので別に悪いことでもありません。逆に、個人の曲だと緊張が高まりすぎて疲れることもあります。

北海道米の歌は、企業(団体)対象にしてはドラマ性の高い曲になったのは、冒頭のネガティブな言葉があるからでしょう。

北海道米の歌は、シングルCDとして発売されています。ほとんどは北海道内で配布されるそうですが、先日の「Birthday Eve闇市」で売っていたので購入しました。

シングルには3曲入ってます。3曲目は「夢を歌えば」で、これは「歌・こよみ365曲」のテーマ曲ですから実質2曲です。1曲目が今回紹介している「ななつの星に願いを込めて」、2曲目が「日本一の米所を目指す北海道米の歌 Rice Land Hokkaido」です。この2曲目がさらに衝撃的でした。これについてはまた後日書きたいと思います。

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▲PR用に、こんな携帯ストラップも作っているそうです
「ふかがわまい」とあります。深川市は北海道の北空知に位置します。
北空知の風の中(196/365)」もあわせてお読みください。

2014年10月28日火曜日

後回し病(203/365)

しなければならないことを後回しにすることは、誰でもよくあると思います。タグは「仕事」としましたが、子供の頃からの話が登場します。

この歌の偉いのは、後回しするのを1日だけやめてみたら、楽しい日になったというところです。普通はそんなことできません。

たいていの人は「特にやりたいわけではないけど、大事なことに取りかかる前に、気になることを片付けよう」ということになります。実際は「本当は気にならないこと」なんですけどね。

その結果、どうなるかというと、徹夜するってことになり、睡魔と戦う『人には 戦わなくちゃいけない時がある(174/365) 』に続きます。

「後回し病」の解決策は「これが終わったら楽しいことをしよう」と、やりたいことを後回しにすることだそうです(直感的に分かりますね)。でも、そんなことができれば苦労はありません。

かつて、宮崎奈穂子さんと同じ事務所にいた田中亜弥さんに『言い訳達人~明日やろうは馬鹿野郎』という素晴らしい歌があります。タイトルがいいですね。


▲振り付き路上ライブ(田中亜弥)

田中亜弥
▲田中亜弥さん(この頃はFighting AYAと名乗ってました)

2014年10月27日月曜日

伝えておきたいこと(202/365)

40年勤めてきた人が、先輩に教えてもらったことを振り返り、次の世代に伝えたいことを語ります。会社勤めのようですから、おそらく定年なのでしょう。これも恩送りのひとつです。

自分に嘘を 決してつかないで生きてください
仕事に厳しく 人に優しくあってください

教科書通りじゃ 人の心は動かない
失敗を恐れずに めいっぱい暴れてください

ひっくり返りそうなくらい 背伸びをしたら疲れるだろう
着飾らないで あるがままの自分で戦ってください

これが伝えたいメッセージですが、言葉にするとどうということはないですね。大事なことは、どういう仕事をしてきたか(見せてきたか)でしょう。

必ずしも尊敬される人にならなくてもいいと思いますが、矛盾した行動はとらないようにしたいと思います。

「メラビアンの法則」という有名な、でも多くの人が間違って解釈している説があります。ベストセラーになった新書『人は見た目が9割』でも、おそらくは意図的に誤った解釈が採用されています。

正しい「メラビアンの法則」はこうです。

感情や態度について矛盾したメッセージが発せられたとき、受け手の影響は以下の比率である。

  • 言語情報(話の内容など)…7%
  • 聴覚情報(口調や言葉の早さなど)…38%
  • 視覚情報(見た目など)…55%

つまり、「あなたが好きです」と言っているのに(言語)、ぞんざいな言葉遣いで(聴覚)、よそ見していると(視覚)、その言葉は信用できない。あるいは「嫌いだ」と言っているのに、じっと見つめていたら、「ほんとは好きなんだな」と思うでしょう(いわゆるツンデレ)。

矛盾しないメッセージを送っている場合、メラビアンの法則は成り立ちません。常識的に考えて、態度と言葉が一致していたら、言葉から得られる情報が一番多いと思いますよね。

2014年10月26日日曜日

セレンディピティ(201/365)

「セレンディピティ」は、思わぬものを偶然に発見する才能を意味します。

この曲は、幸せになりたい女の子が旅の途中で転んだ時、「痛いの痛いの飛んでいけ」というおまじないを教えてもらったことから始まります。

おまじないの効果があったので、偶然見つけた怪我をしたウサギに試したら、やっぱり効果があって、それが嬉しくて、誰かの痛みを治すことが目的になり、女の子の夢は、幸せになることから、幸せに気付いてもらうことになった、という話です(そして、その夢はかないました)。

この話で大事なことは、女の子の目的は変わったものの、結果として「幸せになる」という最初の目的は達成されていることです。

人間は、もともと自分の快楽より、人が喜んでいる姿を見ている方が楽しい性質を持っているようです(「大人って(118/365)」や「ACTION ~あなたが背中を押してくれたから~」で書いた通りです)。

思わぬものを偶然発見したけれど、結果としては当初の目標が達成されているのが面白いと思います。

旅に出て欲しいものを得るといえば、「オズの魔法使い」です。何度か映画やドラマになっていて、ラストは微妙に違うのですが、ストーリーは同じで、ドロシーという少女とともに、脳みそがない(だから考えることができない)カカシ、心のないブリキの木こり、勇気のないライオンとともに旅をする話です。

旅の途中、さまざまな困難なことがありますが、みんなで協力して切り抜けます。最終的に、オズの魔法使いから、粘土の脳、スポンジで作った心臓(英語では心と心臓は同じheartです)、勇気が出る薬と言われたオレンジジュースをもらいます。すべて偽物ですが、全員が旅の途中で、それぞれ欲しいものを手にれていたという話です。

『セレンディピティ』の女の子も、幸せになりたいと思いながら、当初の目的とは違う道に進みますが、結果として幸せになっています。

ちょっと寄り道をしていると思っても、最終的には思いがかなうという話じゃないかと思います。

そもそも、人間のキャリアは偶然の産物であるという説があります。これについては、別のブログで「【読書日記】路上シンガー宮崎奈穂子」という記事を書きました。その一部を抜粋します。


人間のキャリアの多くは偶然作られると言われる。目の前のことに全力で取り組み、できることをやっているうちにキャリアが自然と作られる。1つの目標に固執すると、かえってキャリア形成を阻害する。スタンフォード大学のクランボルツ氏はこれを「計画された偶発性理論」と呼んだ。

クランボルツ氏によると、予想しない偶然的な出来事を活かすには以下の5つの要素が必要だという。

  1. 好奇心
  2. 持続性
  3. 楽観性
  4. 柔軟性
  5. 冒険心(リスクテイキング)

面白いことに、宮崎奈穂子にはこれらの要素がすべて備わっている。彼女は「歌手になる」という目標を立て、一直線に進んでいったように見えるが、本書を読むと案外寄り道の多いことが分かる。小学生のときは、合唱部とブラスバンド部の両方に所属していた。どちらかを選びなさいと迫る母親に対して「両方やる」ときかなかったという(好奇心)。

中学では吹奏楽部に入り、肺活量を付けようとサックスを担当したかったのに、担当したのはパーカッション。しかも最初の半年はメトロノームに合わせて1日3時間机を叩き続けた。もともと「同じことを継続する習慣があった」というが、本意ではないことをこれだけ続けられるのは普通ではない(持続性)。

後になって「この経験が基礎的なリズム感を養うことができた」と振り返るわけだが、当時は「なんでこんなことやっているのだろう、選択を失敗した」と思ったこともあるに違いない。しかし、ここで「歌手になるには無駄な作業だ」と思って、1日30分しか練習しなければ本当の無駄になってしまったかもしれない。3時間やったからこそ役に立ったと言える。

高校では弾き語りができるようになりたくて、ギターをマスターするために軽音学部に入ろうとしたら、マンドリン部に誘われ、そこでクラシックギターを弾いていたという(ギターとマンドリンはセットで演奏されることが多い)。

こうして列挙してみると「歌手」という目標から微妙にずれていることが分かる。本人は大まじめだったと思うが、知らないうちに「目標にとらわれすぎない」という原則を満たしていたことが分かる。


路上シンガー宮崎奈穂子 武道館公演への軌跡 ~Birthday Eve~

2014年10月25日土曜日

笑う 泣く(200/365)

いろいろ難しいことを考えて、分からなくなるけど、結局の所「笑う」「泣く」の繰り返し。

そういえば、娯楽作品もだいたい「笑う」か「泣く」です。芸術作品には「考え込む」というのはありますが、エンターテイメント性の硬いものは「笑う」「泣く」のどちらかです。

犬は時々笑いますし、猫も(犬ほど分かりやすくありませんが)笑います。馬も笑いますね。

でも、「笑うためにストーリーを作る」のは人間だけのようです。

俗に「喜怒哀楽」と言いますが、喜びと楽しみは笑い、怒りと悲しみは泣きます。そう考えると、人間の感情は笑うことと泣くことに集約されるのかもしれません。

でも、笑いが多い方が楽しそうですが、親しい人が亡くなったときなど、ときには泣くことも必要かもしれません。

2014年10月24日金曜日

振り向かない(199/365)

自分では一所懸命やっているのだけど、どこかで逃げている。

私、変わりたいと思いながら
変わることを恐れていたんだ

今することがたくさんあって、毎日の仕事は頑張っているけど、長い目で見た場合に、その先はあるのかと思うことがあるでしょう。そういう歌なんだと思います。

ここに、壊れかけのテレビがあるとします。何かの接触が悪く、時々写らなくなります。軽く叩くと、一時的に回復してまた写るようになります。

この時、どういう風に叩けば、より確実に写るのかを練習する人がいます(たとえ話です)。でも、そこで頑張るよりは、中を開けて配線をチェックするなり、買い換えるなりする方が長い目で見たら得策です。

中を開くことで、壊れかけのテレビが、完全に壊れるかもしれません。新しいテレビを買うには費用もかかります。それでも、壊れかけのテレビは、ほとんど壊れているわけですし、もしかしたらいつかショートして火事を起こすかもしれません。

テレビが写ればいいと祈りながら毎日叩いてみるより、リスクをとったり、費用をかけて新しいテレビを買う方がずっと確実です。

そういう歌なんじゃないかな、と想像してみました。

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2014年10月23日木曜日

ほんとは ほんとは(198/365)

強いとか弱いとか(74/365)」は、「君は/私は強いから」「私は/君は弱いから」って簡単に言えるものじゃないよ、っていう歌でした。

この曲は「あなたは強い」って言われるけど、本当は逃げ出しそうな自分を必死で引き留めているという歌です。

ちょっと分からないのは途中にある

人の心の痛みが分かるには
自分が痛みを経験することだと
昔から言われるこの言葉もきっと
腑に落ちるには経験しかないんだ

です。

あなたは私のことを「強いね」って言うけど、
あなたは経験していないから、私の気持ちは分からないでしょう

という意味なのか、あるいは

あなたは私のことを「強い」と思うことで、自分の弱さを知って傷つく
そのことを私は気付かなかった

という意味の、どちらでしょう。

もっとも、どちらであっても生き方は大して変わりません。

小説家の庄司薫が、長編評論『狼なんか怖くない』でこんなことを書いています。

美人ちゃんは、美人というだけで人を傷つける

美人かどうかは持って生まれた要素が強く、本人の責任ではありません(美人の素質を生かすかどうかは本人の努力ですが)。けれども、他の人から見ると「あの人は美人だから」とねたみの対象になり、「それに引き換え私は」と(勝手に)傷ついてしまうという話です。

じゃあ、生きていても人を傷つけるだけだから、自殺しようと思っても、「他人を傷つけるのを恐れて自殺する」ということ自体が美談になり、結果として他の人を傷つける。しかも、死んでしまった以上、償うことすらできないという事態になってしまいます。

庄司薫の結論はこうです。

成長の過程で他者を傷つけたとしても、成長の結果で恩返しをすれば良い。
すれば良い、というより、それしか方法が無い。

人の痛みが分からず、人を傷つけてしまった場合、その傷を癒やせるくらい大物になって恩返しをするということです。

だからといって、積極的に他者を傷つけていいというわけではありませんが、確かに他に方法はないと思います。

2014年10月22日水曜日

今この場所で学ぶべきもの(197/365)

宮崎奈穂子さんにしては珍しい調の曲です。歌詞のストーリーは以下の通りです。

  • 努力しているのに、思うように成長できない
  • 今この場所での努力が大切
  • 自分で感じられなくても、環境が変わったとき、自分の成長を実感できる
  • 今ここですべきこと、出会うべき人がいる
  • タイミングは予測できないから、常に準備しておこう

今まで、当たり前だと思っていたことが、実は並外れた能力だったということはあります。ある環境では当たり前の能力が、別の場で重宝される経験を持つ人も多いでしょう。「私なんて」と謙遜するのは必ずしも美徳ではありません。

先日、宮崎奈穂子さんのずいぶん古い動画を見つけました。予想に反して大変下手くそでした。本人の名誉のため、どこで発見したかは書きません。

私が出会ったときは、路上ミュージシャンとしては上手な方だったと思いますが、昔のライブの動画を見ていると、今の方がずっと上手くなっていることが分かります。

特に、武道館コンサート以降の進歩が著しいという評判です。

毎日のように曲を聞いていると分からないことでも、時間が経つと進歩が分かることもあります。だから、毎日の積み重ねが大切だという話です。

そして、タイミングが予測できないというのもその通りで、『歌・こよみ365完全版』には「タイミングの神様」という曲もあるくらいです。

もっとも、いつ起きるか分からないタイミングのために、毎日準備するというのは、なかなかできることではないのですが。

2014年10月21日火曜日

北空知の風の中(196/365)

『歌・こよみ365完全版』17枚目の最初の曲です。どうやら、仕事をテーマにしているようです。この歌はあまり仕事っぽくありませんが、調べてみるとしっかりしたお仕事でした。

タイトルの通り、北空知(きたそらち)の歌です。私の好きなメロディラインで、ゆっくりしたリズムで地声から裏声に切り替わるところが素敵です。

北空知は北海道の地域で、深川市などが含まれます。北海道の地域区分は、他の都道府県と違うのでしばしば混乱します。

学校で使う地図(検定済教科書)では「支庁」という区分を習いましたが、日常的にはあまり使われていないそうです。しかも、さっき調べたら「支庁」は「振興局」に変わってました。北空知は、空知総合振興局に所属するようです(振興局と総合振興局の違いもよく分かりません)。

地理的には、札幌と旭川の中間にあり、石狩平野の一部を含むそうです(空知総合振興局は石狩振興局と隣接しています)。

北空知には、深川市があり、深川市と言えば深川米です。そして、深川米といえばアイドルユニット乃木坂46の深川麻衣。2012年に、JAきたそらちが深川米のPRに起用したそうです。

このブログを読んでいる数人の方ならお気づきでしょう。この曲も北海道米つながりでできたようです。詳しくは「ななつの星に願いを込めて」をお読みください。

この曲には、北空知の観賞用植物が登場します。

最後は「北空知の風の中 育てられたお花は」で始まるフレーズが繰り返されるので、どうやら「北育ち元気村」の仕事を扱った歌のようです。

最初聞いたときは、「スターチス」は北空知に自生しているのかと思いましたが、「ハロウィンのかぼちゃ」というのがどうも不自然で、検索したら以上のことが分かりました。

前に書いた「苺一愛(いちごいちえ)」では、歌詞の不自然さに気付きながら、検索をしなかったのですが、読者の方から指摘していただきました。

このブログのページビューは、記事あたり5人くらいなので、読んでいる方から指摘されることは少ないかと思います。ちょっとでも不自然に思ったら検索するつもりです。

Limonium imbricatum
▲スターチス(観賞用に出荷されるものとはちょっと違う感じがします)
呼称変更が行われ、植物学的にはスターチスではなくリモニウムと呼ばれることが多いそうです。

2014年10月20日月曜日

あなたの星(195/365)

「あなたの星」に加筆・修正したものです。


『歌・こよみ365~秋編~』のEXTRA Trackの曲です。

この曲は、親しい人が亡くなったことを歌っています。

『歌・こよみ365完全版』16枚目のテーマは時間とか成長のようです。「命とは時間のこと」という言葉もあるそうで、16枚目の最後は命の話です。

『歌・こよみ365』には、結婚式の歌や、誕生の歌は何曲か収録されていますが、死を扱った曲はほとんどありません。少なくとも、直接的に扱ったのはこの1曲だと思います。

伴奏やアレンジを他の人にお願いするよりも、自分だけですべてを担当することで追悼の意を表明したのではないかと思います。後述するように、弾き語りでないと制作工程に間に合わないという問題もあったかもしれません。

多くの人の手をかけることで、完成度を高めて追悼するという方法もあるでしょうが、宮崎奈穂子さんは、すべてを自分の手で作って贈りたかったのでしょう。歌詞が印刷されていないのも、他人の手をかけたくないということかもしれません(こちらも後述の通り、単に間に合わなかっただけかもしれません)。

ただ、タイトルくらいは入っていないと本人にも伝わらないので、EXTRA Trackという形で収録し、ジャケットにタイトルと詞書きを付けたのだと想像します。

全部想像なので、真相は分かりませんけど。

歌詞によると、どうやら急に亡くなったようです。死の前日まで私を励ましてくれたのに、伝えてきれていいない「ありがとう」がたくさんあったと歌詞にあります。

亡くなった人のことを思いながら「あの人ならどう思うだろう」と考えながら生きていくしかないんですよね。

さて、ここからはExtra Trackとして習得されたことを想像してみます。

『歌・こよみ365』のタイトルが付いたアルバムは、完全版を除いて、以下の5枚が発売されました(秋編は直販のみ)。

  • 早春編
  • 春編
  • Women
  • Real Intention
  • 秋編

どれも最後の曲が「夢に歌えば」です。

1枚目「早春編」は、10曲収録されていて、最後が「夢に歌えば」です。その他は11曲収録されていて、最後が「夢に歌えば」、つまりオリジナル曲が10曲で構成されます。

ところが5枚目の「秋編」他のアルバムと同じく、11曲目が「夢に歌えば」ですが、その後に今回紹介する曲が入っており、全部で12曲構成となっています。

また、通常レコーディングでは歌と演奏は別々に収録されますが、この曲は弾き語りだそうです。ブログにもこうありました。

そして一番最後の最後に、この6年間で初めて、
弾き語りでCDに収録させてもらった楽曲。。。

【「歌こよみ365】第5弾ニューアルバム「秋編」、WEBSHOPに登場しました^^」より

さらに、この曲は歌詞カードに収録されていません。

「秋編」の発売は、2013年11月23日、1年ぶりの単独ライブの日でした。どうしてもこの日に発売したいために、作業工程を省略したわけではないでしょう。レイアウト変更を考慮しても、そこまでぎりぎりの日程ではないはずです。

それに、CDジャケットの裏にはきちんと「あなたの星」とタイトルが印刷されています。

最初はそう思ったのですが、やはり急に入れたのかもしれません。ポイントは以下の3店です。

  • 通常よりも1曲多い
  • CDジャケットにタイトルが印刷されている
  • 歌詞カードに収録されていない

この時点で『歌・こよみ365』の試みは終盤に入っており、1曲追加するくらいは難しくなかったはずです。

ボーカルと伴奏を別々に録音した場合、ミキシング(トラックダウン)工程が必要ですが、弾き語りなので、その必要はありません。そのため通常の工程よりも短時間で完成します。

CDジャケットは1枚ものの印刷なので、文字変更は比較的簡単です。一方、歌詞カードは製本されているため、ジャケット印刷よりも多くの日数が必要になりますし、ページ数の変わる変更はかなり面倒です。

そして、このアルバムが音楽事務所Birthday Eve最後の作品になりました。この機会を逃すと、CDが出ないかもしれないという危機感があったかもしれません。実際「秋編」は一般流通しておらず、事務所の営業活動が低下していた可能性もあります。

こうした背景を考えると、この曲の印象も少し変わってくるのではないでしょうか。

2014年10月19日日曜日

ひとりひとり(194/365)

ひとりじゃ何もできないけど、ひとりひとりが自分のできることを頑張れば大きなことができるという歌です。

先の「逆上がり」なんかにも通じるところがありますね。

また、「楽しいことないかな」って自分のことだけ考えていたり、失敗したりしても、そばにいてくれたり、叱ってくれたりした人がいたという歌詞もあります。

人を育てるのは根気がいることですが、それだけ価値のあることです。

バカな人はいない、バカな行動があるだけ

という言葉があります。バカな行動をしても、言って聞かせ、やってみせれば、何が悪かったかを理解し、改めることもできるでしょう。短い曲ですが、そういうストーリーを感じました。

『歌・こよみ365完全版』の16枚目は、時間的な流れ表現した曲が多いようです。この曲も、単に「ひとりひとりが頑張ろう」というだけではなく、失敗してもやり直せるということを示しているのではないかと思います。

ところで、この曲は歌詞もいいんですが、「ひーとりー ひとーりがー」というメロディも素敵です。例によってお伝えできないのが残念です。

2014年10月18日土曜日

逆上がり(193/365)

前に書いた「逆上がり」に若干の加筆をしました。そもそもが別の記事の転載なので、転載の転載になってしまいました。

また、動画を付けたので、ぜひ聞いてください。


▲私の出版記念パーティに来てもらったときに歌っていただきました。

CDはもう少し速いテンポで歌っています。また、CDでは「できる」となっている歌詞の一部が「やれる」に変わっています。以前、ライブで聞いたときも変わっていたので聞いたら意図的に変えたということです。

おそらく「できる」よりも「やれる」の方が強い意志が感じられるからだと思います。


これは本当にいい曲で、今まで聞いた「歌・こよみ365」50曲あまりの中での傑作だと思います。

以前書いた別のブログ記事「宮崎奈穂子「逆上がり」」から転載します。

オチを言ってしまってますが、まあ別にいいでしょう。


宮崎奈穂子さんの新譜「歌・こよみ365~Women~」の収録曲の歌詞が、ご本人のブログで少しずつ公開されています。

歌・こよみ365~Women~」は、主に仕事がテーマです。
6/26(水)に公開されたのは「逆上がり」。

この曲は(この曲も)、よく聞き込むと本当に素敵な歌詞で、4分ちょっとの間に3つのテーマが入ってます。

表面的な内容は、小学生時代に逆上がりの練習をしている話ですが、逆上がりを人生の目標に置き換えて語っています。

全歌詞は、宮崎奈穂子さんのブログ記事『【歌・こよみ365第3弾アルバム「Women」リリース御礼!!】歌詞公開*「逆上がり」』を読んでいただくとして、ここでは大事な箇所を抜き出して紹介します。きっと試験に出ます。

その1: あきらめないこと

最初からできる 人なんていない
夢を叶える方法は たったひとつ
「叶えるまで諦めないこと」

もちろん、「あきらめないこと」が一番難しいのですが、「やりたいと思わないことはできない」のは確かです。

本当の逆上がりにはコツがあって、練習量を減らすことはできるでしょうし、自然にできる人もいるでしょうが、全く練習なしにできる人はおそらくいません。

宮崎奈穂子さんも、幼い頃からピアノを習い、マンドリン部でギターを弾き、ボーカルスクールに通っていたそうです(なぜマンドリン部でギターなのかは、著書「路上シンガー宮崎奈穂子」をどうぞ)

その2: 人の力を借りること

どうしても逆上がりができずあきらめようと思ったときに、先生が手伝ってくれます。

華奢な腕なのに背中を えいって押してくれた
その瞬間 知らなかった世界が見えた

表面的には逆上がりをするために添えた手のことですが、この後に続く歌詞を読めば「自分の夢(やりたいこと)を助けてくれた」という意味が分かります。

あの日先生が教えてくれたこと 大人になってやっと分かった
ひとりじゃできないことも ふたりならできること

自分がやりたいことを実現するのに、人の力を借りるのは恥ずかしいことでも何でもありません。助けてくれる人がどれだけいるかが本人の力量です。

宮崎奈穂子さんも、ひとりで「武道館単独公演」を実現したわけじゃありません。バンドメンバーや事務所の人はもちろん、一緒に行く人の当てもないのにチケットを2枚買った人、ことあるごとに宣伝してたら「うるさい」と怒られた人、こういう人の力があったから実現したのだと思います。まあ、あんまり大きな力でもなかったかも知れませんけど。

その3: 恩送り

一番感動したのが最後のフレーズです。

ランドセルが揺れる 職員室から眺めた空
私あの日の先生みたいに なれてるかな

「恩送り」という言葉があります。
受けた恩をその人に返すのが「恩返し」、別の人に送るのが「恩送り」。

恩返しは大事なことですが、当事者同士で完結してしまいます。
恩送りは、送られた人がさらに別の人に送ることで、どんどん広がっていきます。

恩送りと恩返しは、宮崎奈穂子さんの著書「路上から武道館へ」の最終章のテーマにもなっています。

20121111-back
▲恩返し

20121111-forward
▲恩送り

宮崎奈穂子さんのブログ記事『「歌・こよみ365」という挑戦を始めます」』によると「歌・こよみ365」というのは、

(武道館の成功を)恩返しの気持ちを込めて、
皆様のドラマを、代わりに歌わせて頂き、
広めさせて頂きたいと思います。

ということだそうです。

実際には、武道館後に知り合った人も対象ですので、恩返しというよりも恩送りに近いのですが、いずれにしても「他人の歌を作る」というプロジェクトです。

でも、そこはやはりシンガーソングライターですので、どうしても自分が出てしまいます。楽曲を依頼する方も、それを期待していることでしょう。

「逆上がり」も、こうして見ると見事にご本人の思いが込められています。
ぜひ、多くの人に聞いて欲しい曲です。

歌こよみ365 Women~夢に歌えば~」は、Amazon.co.jpなどで購入できます。
(既に出荷は停止しているので、もうないかもしれません)

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