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2015年4月9日木曜日

バイバイ (365/365)

「歌・こよみ365完全版」の最後にふさわしいタイトルです。

不安や悩みからバイバイできたらいいのに、と思うものの、良いことと悪いことは表裏一体なので、悪いことにバイバイしたら、いいことも失ってしまうという歌です。

闇があるから 光だと気づくように
全てバイバイしたら 光さえ失っちゃう

まだまだ 夢は遠いな (360/365)」と似たようなモチーフです。

最後はこんな風に終わります。

手をつないでみよう 手をつないでみよう
そしたらとっても しなやかな心になれるから

嫌なことからバイバイするのではなく、他の人と一緒にいることで(手をつないでみよう)気持ちが変わると言っているのでしょうか。

「歌・こよみ365」は「武道館コンサートの感謝を形にする」がスタートでした。

何度か書いたように、武道館は得たものも多くありましたが、失ったものもたくさんあるのではないかと思います。直接の原因ではないにしても、間接的なきっかけになったと思われる事件があったことも、武道館前後のファンなら想像していると思います。

いいことと悪いことは一体であり、分離できません。だとしたら、気持ちを切り換えたり、見方を変えたりするしかありません。その時に助けてくれるのは、一緒にいる仲間なんだろうと思います。

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▲最後はやっぱりこれ「ありがとうございました」

2015年4月8日水曜日

ゆだねる (364/365)

「自分のことは自分でしなさい」っていう言葉が、子供に対してではなく、青年期の男女に使われるようになったのはいつ頃からでしょうか。特に、最近は強調されているようです。

明治から戦後にかけて活躍し、大学で数学を学んだ人は誰でも知っているくらい有名な数学者、高木貞治氏は

微分のことは微分でせよ (自分のことは自分でせよ)

と言ったそうです。単なる駄洒落なんですが、当時既に、若者に対して「自分のことは自分で」という価値観があったことが分かります(「微分学の定理は、微分だけを使って証明すべき」という意味を含んでいたという説もあります)。

この曲は、なんでも自分で決めて、考えて、意見を通して、そういうことをしていると疲れてしまうという歌です。

それは大事だけど、あんまり疲れてしまっては身体が持ちません。

ゆらり ゆらり 人生という海に浮かぶ
がんばって がんばって がんばったら
ときには ゆだねる ことも大事です
心の力 ぷしゅう 抜いて

最後はこんな風に終わります。

人生の目標を明確に決める人は、何かの事情でその目標が達成できなくなったとき、大きく落ち込む傾向があるようです。

目標が達成できなかったことは残念ですが、そのおかけで別の目標が見つかることもあるし、そもそもその目標が無意味なこともあります。

目標達成の過程は無駄にならないとしても、目標の意味がなくなることはしばしばあります。

たとえば、四則演算だけで平方根を求める技術があります。業種によっては、長方形の二辺の長さが分かっているとき、対角線の長さを知りたいことがあるでしょう。

2辺の長さをそれぞれa、bとした場合、三平方の定理により対角線の長さは√(a2 + b2)となります(図)

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ここで、ルートの計算が簡単にできれば便利です。ルートを計算する公式はあるので、ちょうど割り算と似たような形で求めることは可能です。

でも、多くの電卓にはルート計算の機能がありますから、そこで努力しても結果が報われることはほとんどないでしょう。ほとんど使いもしないルート計算機能が電卓についているのは謎ですが。

目標設定は大事ですが、過程も同じくらい大事にしてください。そういう歌は「歌・こよみ365完全版」にはたくさんあります。宮崎奈穂子さんが、自分で設定した目標を達成できなかったことが何度もあるからかもしれません。

ところで、歌詞には「ぷしゅう」という特徴的なオノマトペが登場します。「心のストレッチ(101/365)」には「ぷしゅ~」という言葉(歌詞カードによる)が出ているので、あわせてお読みください。

2015年4月7日火曜日

いつまでもこんな私じゃ (363/365)

「こんな私じゃだめだ」と自分に対してネガティブな評価をする人の歌です。

おごらないのはいいことですが、必要以上にネガティブな発言をするのは周囲を不快にさせます。むしろ「オレってすごいやろ」くらいの方がいいくらいです。本当に傲慢なのは勘弁願いたいのですが、言葉として発するだけならいいと思います。

謙虚になることは必要ですが、あまり卑下すると自分が嫌になってしまいます。

この曲も

いつまでも こんな私じゃ
自分のこと 好きになれない

と繰り返しています。

ごまかさないで ほんとは誰より
胸を張れる人になりたい 私に

で終わります。「私に」というのがとても大事な所です。自分に対して胸を張れる生き方をしていれば、たいていのことは乗り越えられます。

独りよがりの評価は良くないので、そこは難しいところです。自分の良心にしたがって、現状を受け入れ、次のステップに進みたいものです。

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2015年4月6日月曜日

わからないけど (362/265)

ふたつの気持ちの間で揺れる気持ちを歌います。

秋が来ると 心のどこか奥の方 締め付けられる

これは分かります。暑い夏から涼しくなると、いろいろ考えるものです。

その後「どこに進んでいるのか分からない」と続くのですが、急に

嘘のない まっすぐなあの人に 惹かれはじめてる

と、他の人が登場します。その後はまた

何かが後ろから ひっぱってるような感じ
でも前にもぎゅっと 引っ張られているような

と、迷う心が歌われます。その後は、ずっと迷う気持ちが描かれ、最後は

どこに行けばいいのか どこに進んでいるのか
わからないけど 生きている今 だから真剣でいたい

で終わります。

季節の変化が感情に影響するのは自然ですし、後半の自問自答も分かるのですが、「あの人」が何なのかがよく分かりません。

もしかしたら、現在の仕事で満足しているところに、「あの人」から別の仕事に誘われたのでしょうか。現在の同僚との関係が「後ろから引っ張っているような」、「あの人」から「前にもぎゅっと引っ張られている」じゃないのかと想像していました。

誘われた転職が良かったか悪かったのかは、最後まで分かりません。たとえ転職先が倒産したとしても、その経験は次に生きるかもしれません(無駄かもしれません)。

「だから真剣でいたい」ということなのでしょうか。

2015年4月5日日曜日

優しさ (361/365)

初対面の人に対する態度には2種類あります。

  • まず疑ってみて、しばらく付き合ってから信用する
  • まず信用して、問題があったら疑う

安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方」(山岸俊男)によると、「まず信頼して」の方が人からだまされにくい傾向にあるのだそうです。「まず信頼」の方が神意を見抜きやすいのか、人を見る目のある人が「まず信頼」となるのかは分かりませんが、そういうデータがあるそうです。

この歌は

何の躊躇い(ためらい)もなく 人のために行動する
あなたの姿を見て あの日の私は驚きました
優しさとは行動なんだと まさしく行動で
私の教えてくれたのはあなたでした

で始まります。

歌の途中では「裏切られるようなことだってあったはずなのに」とありますから、それほど親しくない人のためにも行動しているようです。

にじんでいった世界が いつか線を持って
それでもこの道を 歩きたいと思うのでしょうか

ちょっと分かりにくい表現ですが、想像してみます。「にじんでいった」は涙が出るようなこと(おそらく裏切られたこと)、「いつか線を持って」は、涙が途切れず線になったことでしょうか。

あなたの背中に理由を探してみたけれど何も書いてない」という言葉もあります。他にも「あなた」の行動を不思議に思っている言葉が続きます。「あなた」のようになりたいと、はっきりは言っていませんが、どうやらなりたいようです。

「いい人」とは、人当たりはいいけど、何もしない人を指すことがしばしばあります。行動が伴えば、誤解されることもあるし、一方から見れば裏切られたように見えることもあります。でも、行動がなければ単なる話し相手です。行動する優しさを持っている人だけが尊敬される人になれるのでしょう。

私も、どんな行動が出来ているかを考えるようにします。


安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

2015年4月4日土曜日

まだまだ 夢は遠いな (360/365)

自分の思い描く未来になかかな到達できないので、いっそ

ときどき ひとおもい
すべてを 手放したら
どうなるだろ と考える

という歌です。

でも、そうすると今まで出会った人が、なかったことになってしまう。それは嫌だ、と続きます。

2番では、「歩みを止めたら」と考えますが、そうすると「自分のことを嫌いになる」と思い直します。

結局は頑張るしかないという歌です。

でも、たまには休んでくださいね。

2015年4月3日金曜日

ヒリヒリ (359/365)

ものととには、何事にも裏と表、光と闇があります。

手に入れるということは
失うことでもあるんだ

という歌い出しで始まるこの曲も、そんな言葉で始まります。

全体に弱っていて、心が「ヒリヒリ」する感じはあるものの、具体的には分かりません。そこで、勝手に想像して、宮崎奈穂子さんの武道館単独コンサートについて書いておきます。

2013年に書いた「武道館の祝福と呪い~11月23日(土)宮崎奈穂子さんソロライブ(渋谷AX)の意味」を最後に転載しておきます。

あとで思えば、この時点で事務所の移籍を発表するはずだったのが、事情で(内容は想像できますが書きません)延期になり、中途半端な発表になったのでしょう。

また、記事の最後「これからも、どうか宮崎奈穂子をよろしくお願いします」は、武道館の最後の台詞です。

話をこの曲に戻します。

おそらく、何かちょっとした成功をしたのでしょうが、かえって面倒なことになったのかもしれません。

掴むものがないこの左手 心もとなくて
空(くう)を握って 大きく息を吐く

どうやら、左手に持っていたものを失ったようです。でも、おそらく右手は何かを掴んでいるのでしょう。

さて、ここで解釈が難しいのは左手の意味です。一般に、右と左では右の方が優勢です。日本語でも(中国由来だと思われます)「右に出るものはいない」と右が優位ですし、英語でも右(right)は「正しい」、左(left)は「残り」です。

つまり、普通に読めば「本当に大事なことは右手に残している」となるのですが、宮崎奈穂子さんは左利きです。大事なものは利き手で持つ可能性が高いので、歌詞からはどちらが大事なのかよく分かりません。

実際は大した意味はないのかもしれませんが、ちょっと気になりました。


11月23日(土)宮崎奈穂子さんソロライブ(渋谷AX)」から続く

評論家の岡田斗司夫は「祝福と呪い」という話を良くする。大きな仕事を成功させて、高い評価を得ることは「祝福」だが、成功に縛られて新しい体験ができなかったり、周囲の期待が大きすぎたりするのが「呪い」である。

辞書によると「祝」と「呪」はほぼ同じ意味だったらしい。「兄」は祈りを捧げる人の意味がある。示(しめす)偏が付くと祈りを捧げる場所を示す意味になり、口偏が付くと口から発せられる祈りの言葉そのもの意味になるという。

アニメ「機動戦士ガンダム」では、ほとんど引きこもりだった少年アムロがガンダムのパイロットになることで周囲から評価されるようになるが(祝福)、高すぎる期待に応えられず逃げ出してしまう(呪い)。

オリンピックで金メダルを取った選手が、その後の期待に応えられず悩む話もよく聞く。

歌手の森山良子は、時間がなくて適当に作った曲「この広い野原いっぱい」がヒットしすぎて嫌だったという。

イルカはシンガーソングライターなのに代表曲が「なごり雪」。実はイルカの作詞作曲ではなく、それどころかイルカへの提供曲ですらなくて、「かぐや姫」が1974年に発表した曲を翌年1975年にカバーしたものだ(作詞作曲は伊勢正三)。発表当初から「オリジナルを越えた」と言われているし、今となってはオリジナルみたいなものだが、イルカが作詞も作曲もしていないことには変わりない。イルカ本人としてはかなりつらかったのではないだろうか。

 

●武道館の祝福と呪い

さて、路上ミュージシャンの宮崎奈穂子さんは、1万5,000人のサポーター(ファンクラブ会員)を集め、武道館での単独公演を成功させた。さすがに1万5,000人集客というわけにはいかなかったが、6,000人(主催者発表)は立派なものである。

「武道館に立った」ということで、知名度も多少は上がり、取材も増えた。どこに行っても大きな顔ができる。相変わらずスタッフと間違えられているような気もするけど、それなりのステータスができただろう。

私自身、友人に「路上ミュージシャンのライブに行く」と言っても「ふん」と言われただけだが「武道館アーティスト」と言えば「へえ」くらいに格上げされた。10月に行なった出版記念パーティも「武道館に立った人を呼んだ」と聞いて驚いた人も多かった。こうした効果も「祝福」の一種と言っていいだろう。

しかし、祝福の裏には呪いがある。

宮崎奈穂子さんをゲストに呼んだからといって、イベントがすぐに満員になるわけではないし、CDの売り上げがインディーズチャートに入るわけでもない。

私が一番気に入っているCD「歌・こよみ365 Women~夢に歌えば~」はAmazon.co.jpでの売り上げが音楽ジャンルで約20万位。宮崎奈穂子さんの販売チャネルは、手売りを含む直販が主流であることを差し引いても、メジャーとは言い難い順位である。

そもそも宮崎奈穂子さんは、一声かけて数百人集めるような活動スタイルではなく、個人と個人の付き合いをつなげてファンの輪を広げていく人なので、一般的な武道館アーティストとは違う。

2012年の武道館公演の翌日、新宿駅アルタ前で握手会が開催された。「武道館ではファンのみんなと話ができなかったから」ということで、物販もない純粋な握手会だった。見ていると、相当数の方の名前と顔を覚えていらっしゃることに驚く。

2012年11月3日(土)の握手会
▲2012年11月3日(土)の握手会

そういうスタイルだから、自分の夢であったものの「武道館アーティスト」と呼ばれることに悩むことも多かったのではないかと想像する。

 

●武道館の呪いを解く

そこに、今回開催された渋谷AXでのソロライブである。武道館より狭いとはいえ、1階席の定員は着席で570、かなり大きなライブハウスだ(2Fはスポンサーの招待者席だった模様)。見渡したところ、1階席はほぼ満席だった。

AXでは、武道館ライブが再現された。路上を模したセットに、路上機材を乗せたカートとともに入場し、セッティング。そして、舞台に設置された自販機で水を買ってスタート。違うのは、武道館では舞台上手の客席から階段を上ったのに対して、AXでは舞台下手の袖から登場したくらい。

テープやシャボン玉などの派手な演出はないものの、多くの演出は同じで、演目も同じ。MCまでほぼ同じだった。「サヨナラパスポート」の歌詞も間違えず、「Birthday Eve」の間奏からの歌い出しも正確で、完成度は上がっているが、その分意外性に乏しく、古いファンからは、さすがに「やり過ぎ」との声もあった。

私も、ちょっとやり過ぎだと思ったが、まあ、こういうのもいいかな、とあまり否定的には考えていない。

実は私、宮崎奈穂子さんのソロライブは武道館が初めてで、その後はイベントや複数人が交代でのライブしか行っていない。2時間のソロライブは十分楽しめたし、満足している。

何より大事なことは、同じ演目・演出は、宮崎奈穂子が武道館の呪いから解放されるために必要な儀式だった(かもしれない)ということだ。

ヨーロッパの昔話に「呪い」から解放されるために「同じことをもう一度する」という方法があるらしい。村上春樹の短編「パン屋再襲撃」はこれを踏襲しているのだろう。

武道館でのライブは、途中にイベントコーナーがあったりしたので実質90分くらいだったと思う。AXも、武道館でのアンコール曲「路上から武道館2」までで約90分だった。

 

●第2部の意味

そして、長いアンコールというか第2部が約30分、全曲「歌・こよみ365」から披露された。

最初は、「歌・こよみ365」のテーマ曲「夢に歌えば」。この曲につていは以前にも紹介したので、もう十分だろう。

宮崎奈穂子さんの新企画「歌・こよみ365」
完成度の高い歌詞―『夢に歌えば』宮崎奈穂子

2曲目が、意外なところで「手」。この曲には「路上ライブで出会ってくださったすべての方たちに贈る歌」という見出しが付いている。

前半は、実際にあったエピソードを綴り、最後にこう結ぶ。

どこかでまた出逢えますように 必ずまた出逢えますように
そしてあなたのおかげで 今も歌えていることの
「ありがとう」を伝えられますように

CDを買ってもらうでもなく、ライブに来もらうでもなく、ただ「ありがとう」を使えるためというのが彼女らしい。

3曲目が、こちらも以下のブログエントリで紹介した北海道米の歌「ななつの星に願いを込めて」。ネガティブな歌詞をドラマチックに歌っている。

北海道で米を作ることと、路上から武道館へ行くこと

そして、女子レスリングの吉田沙保里選手との縁をつないでくれた旅館の歌「七沢荘」(この曲のみ初出)、看護学生の話に感銘を受けて作った「がんばる勇気」。「がんばる勇気」は、看護学生にかかわらず、がんばる若者に向けたいい曲に仕上がっている。最後が、日産GT-Rチームに向けた歌「生きる力」。これも感動的な曲である。

第2部は、30分と短かったが、曲の背景にあるドラマ、演奏中にバックスクリーンに投影されるエピソードは効果的で、これだけで半分以上の価値があった。

1曲に込められたドラマを演じることが、宮崎奈穂子さんのこれからの活動になるのだろう。あまり見ないスタイルなので、マーケティング的にも良い方法だと思う。

 

●新たなる旅立ち

最後に、宮崎奈穂子さんの決意表明。具体的な話が出なかったのは残念だが、ビジネスのことだから、まだ言えないこともあるのだろう。

演出から考えて、もう少し具体的な話をする予定が、急に言えなくなったのかもしれない。そう考える理由は3つある。

第1に、第2部で服装が替わったことである。具体的には、スカートがビジネス風から、ちょっとカジュアルになったこと。そしてポシェットをかけていなかったことである。

仕事の歌が多いからだろうか、武道館の年からメガネを常用し、ビジネススタイルで路上ライブを行なっていたのが、第2部で少しカジュアルになった。

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▲第1部衣装: 武道館も路上も講演会も全部こんな感じ

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▲第2部衣装: 肩からカバンをかけていないのと、スカートのデザインに注目

「肩から何かかけていないとバランスを崩して歩けないのではないか」と言われているくらい、トレードマークの袈裟懸けカバンがない。武道館でもかけていたのに、なくなっているのはかなり衝撃的だった。

実は、袈裟懸けカバンは路上ライブで現金を扱うのに必須のスタイルである。1人で対応するから、ちょっと目を離している隙に現金を持ち逃げされることがあるからだ。

第2に「路上から武道館へ」を越える曲を作るという決意表明。この曲も、ある種の祝福と呪いがかかっている。あまりにストレートな歌詞が共感を呼ぶが、音楽的には不満の残る曲のようだ。「こんな歌、出していいのかな」と公開を迷ったことが著書で紹介されている。もしかしたら、作曲が宮崎奈穂子本人ではないというのもあるかもしれない。

さらに、ライブ前、宮崎奈穂子さんがブログ記事「【大切なお知らせです。】11/23SHIBUYA-AXワンマンライブについて」で表明されていた以下のような決意。

今、ありがたいことに環境が変化し始めていて、
私は前に進みたい、進みたいと思いながら、
変化を恐れていたのかもしれない、と気づきました。

第3に「私の原点」発言。武道館ではアンコールのあと「私の原点である路上ライブ」と発言されていたが、今回は単に「原点」である。

では、宮崎奈穂子さんの原点はなんだろう。

想像するに、それは「路上ライブ」という形式じゃなくて、高校の文化祭でクラスメイトに「良かったよ」と言われたことだったり、見知らぬ誰かが彼女を見つけて「いい歌だ」と言ったことだったりするのではないだろうか(いずれも著書「路上シンガー宮崎奈穂子」で紹介されている。本書については「【読書日記】路上シンガー宮崎奈穂子」を参照して欲しい)。

「私の原点」が、具体的に何を意味するかは分からないが、いずれにしてもファンとしては今後の活躍を楽しみにしたい。

 

●おわりに

ここまで読んだら、「もしかしたら路上ライブ撤退か」と思った人もいるだろう。正直言って、私もそう思った。

しかし、講演直後のサイン会で、私の前に並んでいた人に対して「歌・こよみのレコーディングが終わったら路上もやりますよ」「いや、終わらなくても、ちょっとした時間を見つけてやるかも」と言っていたので、路上ライブ全面撤退ということではないようだ。

だいたいにおいて、このブログは考えすぎるところがあって、事実はもっと単純なことなのかもしれない。

そして、1月には東名阪ソロライブツアーが発表された。東京は、キャパ数十人(着席だと20人から30人くらいだと思う)の会場で、名古屋や大阪も同じくらいのようである。

1万人を越える武道館から、1,000人規模の渋谷AX、そして100名以下のライブハウスと、何か順番が変だが、それもまた面白い。

最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。これからも、どうか宮崎奈穂子をよろしくお願いします。

2015年4月2日木曜日

鎧 (358/365)

自分のしていることに、どんな意味があるのだろうと自問する歌です。

ぐんぐん過ぎていく毎日に
負けないようにしがみついてたけど
気づいたら 重たい鎧(よろい)をまとっていて
立ち上がれなくなっちゃんったんだ

というのがタイトルの由来です。

自分を守るための「ポーズ」や「演出」というのはもちろん必要なことですが、それが逆に自分に対する制約になってしまっては意味がありません。

少年ジャンプの連載マンガでアニメにもなった「キン肉マン」では「ロビンマスクの鎧は、強力すぎる力をセーブするための拘束具」という言葉も登場します。同じく少年ジャンプに連載されていた「幽遊白書」に登場する武威(ぶい)も「強力な闘気を抑えるために鎧を装着している」となっています。また、アニメ「エヴァンゲリヲン」では、「エヴァの全身を覆っているのは装甲板ではなく、拘束具なの」という台詞があります。マンガやアニメではよく使われる表現です。

緊張を隠すために饒舌になる人や、弱さを隠すために強がる人がいます。それは自然な反応ですが、最初に強がって見せたために、弱さを出せないと悩んでしまうと、自分自身が苦しくなります。

自分の行動は自分で決められるし、いつでも変えられるものなので、気楽に対応したいものです。

「ぐんぐん」の歌詞に乗せられたメロディは、はなかなか効果的で美しいものに仕上がっています。何度も聞いていました。

2015年4月1日水曜日

生きる目的 (357/365)

家族のことを思う曲です。家族こそが「生きる目的」と歌います。

お子さんがまだ小さいのでしょうか。「小さな命」と表現しています。

大切な 小さな 命のぬくもり

というメロディには、伸びがあってとてもいい曲に仕上がっています。

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2015年3月31日火曜日

夢うつつ (356/365)

午前2時を回って終わらない宿題を前に、どうしようか考える歌です。

学生時代は、レポートを出したら終わり、みたいなところがあったので、私もよく明け方まで起きていました。完全に徹夜すると、翌日まったく使い物にならないので、3時間くらいは寝ましたが。

だいたい、「オールナイトニッポン」(午前1時から3時)か、「パックインミュージック」(零時半から3時)を聞いているうちに終わるんですが、ときどき終わらずに「歌うヘッドライト」(3時から5時まで)にずれ込むことがありました。

最後はこうです。

もうちょっと って言いながら 眠りに落ちる

というか、結局、寝落ちしているようです。残念でした。

2015年3月30日月曜日

負けるもんか (355/365)

仕事をしていたら、いろいろ失敗したり、壁にぶつかったりします。でも「負けるもんか」という歌です。

2フレーズ目にこんな言葉があります。

悔しいとか悲しいとか
やるせないとかそんな気持ち
頑張っていたら誰だって
ぶつかるもの でも必要なもの

困ったとき、「自分だけがなぜ」とつい思ってしまいますが、実際には誰だってあるわけです。この曲のいいところは「でも(壁は)必要」というところでしょう。

他にも

積み重ねるんだ こればバネなんだ

という言葉もあります。

実際に、壁にぶつかったとき、なかなかそうは思えないのですが、実際そうなんだろうと思います。

「神様は越えられない試練を与えない」とか「幸せとは、乗り越えられた不幸のこと」とか「より高くジャンプするには、より低くしゃがまないといけない」とか、昔からいろんな言葉があります。

宮崎奈穂子さんの別の作品に「壁と僕」という曲があります(『路上から武道館へ〜Birthday Eve〜』収録)。この曲にも

壁は乗り越えるんじゃなくて 僕を強くするもの

という歌詞があります。これも同じことですね。

もっとも、本当に困っているときは、そういうことはなかなか思えないのが本当のところですが。