2014年12月7日日曜日

電車は走る(243/365)

夕方に帰宅して、故郷の母を思い帰ろうか迷う一人暮らしの人でしょう。帰宅と帰郷に電車をかけているのでしょうか。

夕方の情景は、宮崎奈穂子さんの歌ではおなじみのオレンジ色です。「オレンジ」という夕方の歌まであります。


▲オレンジ

歌詞ノートには「Station Melody by H. Shiozuka」とありました。調べたら、塩塚博さんのことのようで、多くの発車メロディを作曲している方です。

言われてみれば、イントロや間奏の他、歌のワンフレーズなどが「JR-SH1-1 」という発車メロディに似ています。ただ、テンポも違うし、アレンジも違うので、別の曲と考えていいでしょう。実際、私は歌詞ノートを見るまで気付きませんでした。クレジットは原作曲者に敬意を表するものであり、そのまま使っているわけではありません。

なお、JR-SH1-1というのは、着メロ配信をするときにJASRACに登録することになり、その時に便宜的に付けたタイトルだそうです。


▲塩塚博さんの作曲した発車メロディのリスト(一番最初が該当曲のJR-SH-1です)

2014年12月6日土曜日

人の本当のあたたかさ(242/365)

「人の本当のあたたかさ (先輩アーティスト kado jun さんに贈る歌)」に若干の修正を加えました。


宮崎奈穂子さんが以前所属していた音楽事務所「Birthday Eve」時代の先輩ミュージシャン Kado Junこと、門谷純さんに向けた歌です。門谷はカドタニと読みます。関西では、人名や地名の「谷」は「タニ」と読む方が一般的です。たとえば、京都には「渋谷街道」という道がありますが、これは「シブヤカイドウ」ではなく「シブタニカイドウ」ですし、「鹿ヶ谷」は「シカガヤ」ではなく「シシガタニ」です。Kado Junさんも関西出身のようで、「カドタニ」と読みます。

私、Birthday Eveの方はたいてい路上で見ているんですが、Kado Junさんだけはまだ見たことがありません。積極的に追いかけていなくても、大概どこかでお会いできるものなんですが、なぜか本当に1回もありません。

ライブでは何度かお見かけしています。一応「社会派」ということになっているらしいんですが(実際、社会問題の曲は多いんですが)、私はもうちょっと個人的な曲の方が好きです。たとえば「天体観測」とか。

歌詞には路上ライブのことが書かれていますが、写真がないので撮影が許可されたステージの様子を載せておきます。

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▲2013年4月27日「Birthday Eve祭り」より

もともと、Kado Junさんは大阪で活動されていました。宮崎奈穂子さんとの最初の出会いは、Kado Junさん(当時は門谷純)のライブのバックコーラスを担当した時だそうです。まだ事務所に所属して間もない頃だったようですが、今思えば豪華ですね。

Kado Junさんは、2014年3月末で音楽事務所Birthday Eveを離れ、独自に活動していらっしゃいましたが、2014年10月からは同時期にBirthday Eveを離れた伊吹唯(いぶきゆい)さんとともに、「はなもも」というユニット活動をしていらっしゃいます。

なお、伊吹唯さんは、「歌・こよみ365」制作期間中は「さとなか唯」として活動していらっしゃいました(家族のように (先輩アーティスト さとなか唯さんに贈る歌))。


▲「天体観測」(門谷純)

2014年12月5日金曜日

今はお仕事をがんばるときなんです(241/365)

洋服屋さんの素敵な服を横目に通り過ぎ、パーティや女子会にも参加せず、友人の結婚にも気付かない。でも、今はお仕事をがんばるときなんです、という歌。

そういえば、今は秋の服は秋に売っていますが、昔は違いました。ひとつ先のシーズンの服しか店頭には並んでいませんでした。なぜ7月にバーゲンをするのか分からない人も多いでしょう。ボーナスが出るからではなく(もちろん、それもあるでしょうが)、秋物に入れ換える時期だったからです。

状況が変わったのは、渋谷109に代表される若者向けの店が増えてからです。店長に、客と同年代の女性を起き、慣例のとらわれない店舗運営を任せた結果「今着たい服を売る」という当たり前のことが実行されたそうです。

話によると、店舗の改装を頻繁に行うことで、目新しさを持続することも考えたそうです。改装中は閉店するので、その間、大きな利益を上げた店長はご褒美にハワイに連れて行ってもらえたとか。どこまで本当か分かりませんが、本当だとしたら店長たちもやる気を出したでしょうね。

若い店長たちは、ハワイ旅行を目標に、店舗のレイアウトから仕入れ、販売、販売員の指導まですべて自分で考えて実行したそうです。

実は、この施策、景気が悪くなって、店員の給与を下げるための苦肉の策だったという話も聞きました。店長と言っても、若い女性の給料は安く、大きなコストカットができたそうです。ただ、東急が外食チェーン店などと違うのは、安く雇った店長に権限を委譲し、責任を持ってもらう代わりに、成功したらインセンティブを与えたことです。

実際はどうだったのかは分かりませんが、結果的に109は大きな成功を収めました。そして、その成功は若い店長たちが「今はお仕事をがんばるときなんです」と頑張った結果です。あの「友達接客」を嫌う人も多いのですが、彼女たちなりに考えた結果なのでしょう。

2014年12月4日木曜日

信じる(240/365)

初めて会った人に対して、とりあえず信じる人と、とりあえず疑う人がいます。どちらが悪いということではありません。

この曲は、まずは「人を信じる」と言っています。それは「出会った人みんなが教えてくれた」からだそうです。

「安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方」という書籍によると、「最初は信じる」方がだまされる率が低く、「最初は信じない」方が裏切られることが多いそうです。人を見る目があるから、初対面で信じるか信じないかを判別できるため、結果的にだまされないのかもしれません。

また同書によると、米国人に比べ、日本人には「とりあえず疑う」人が多いそうです。そういえば、日本人はSNSでの匿名率が他国よりもずっと高いのは、初めて出会った人を疑ってかかるからかもしれません。

日本人のモラルが高いのも、他人の目を気にするためであって、見つからないと分かっている場合はぐっと低下するそうです。

著者は、集団作業が重要な農耕が主体だったため同調圧力が強いと推測しています。また、人口の流動性が低かったため、長時間かけて信頼関係を築くことができたのだろうとも書いています。

そういえば、田舎に行くとよそ者はなかなか受け入れてくれませんし、海外旅行のパッケージツアーが始まった頃は、日本人のマナーの悪さが世界的に問題になっていました。「旅の恥はかきすて」という言葉すらあります。

海外のサッカースタジアムで、日本人のマナーの良さが話題になっていますが、これはニュースになることを見越しての行動かもしれません。その証拠に、サッカーのマナーがほめられた直後のハロウイーンは、渋谷の街がゴミであふれていました。

交通や通信が発達し、多くの人と会うようになると、昔のように長時間かけて相手の人となりを評価するわけにはいきません。そうすると、

難しいことは置いておいて
理屈や理論はいったん忘れて
とにもかくにも「人を信じる」ということを

心がけた方がいいのかもしれません。


安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

2014年12月3日水曜日

「も」(239/365)

効率も大事だし、がむしゃらさも大事、結果も大事だし、過程も大事。

最近、企業の人事考課は「MBO (Management by Objectives)」つまり、「目標による管理」が増えてきています。これは、最初に決めた目標(通常は数値目標)を設定し、その達成のための手順は社員自らが主体的に管理するという者です。

ただし、実際には「目標さえ達成すれば良い」ということになりがちで、懐疑的な見方も多くあります。実際に、単純なMBOは既に主流ではないという説もあります。

児童の発達過程では、結果をほめると「結果さえ良ければ」と思ったり、「能力だけが評価され人格は評価されない」と誤解してしまい、失敗すると人格を否定されたかのように落ち込むという例があるそうです。

大人の場合は、もう少し理性が働くでしょうが「結果だけ評価されてもなあ」という人は多いと思います。

宮崎奈穂子さんの、武道館ライブへのチャレンジは「サポーターを1万5,000人集めた」という結果に注目されがちですが、実際に武道館に行った人は「サポーターを集める過程に感動した」という人が多かったようです。

とは言え、やはり1万5,000人という数字の意味は大きく、「結果も過程も大事」ということになります。

一般に、プロの仕事は結果だけで評価されます。お客様に向かって「頑張ったので許してください」と言っても通じるわけがありません。だからこそ、同僚やサポーター(あえてファンとは言いません)は、過程を評価してあげないといけないのじゃないかと思います。

幸い、今は各種SNSで簡単にメッセージを伝えられますから、単なるファンを超えたサポーターを目指すなら、過程に対する評価をしたいものです。

悪いところ、改善すべき点は、通常は言う必要はありません。本当に気付いていない場合もありますが、たいていの場合、悪いことは自分たちが一番よく分かっているものです。

ところで、タイトルの「も」ですが、カギ括弧が含まれるようです。宮崎奈穂子さんの楽曲で最も短いタイトルは「手」ですが、こちらはカギ括弧を含まないので、依然として最短記録保持曲は「手」です。

これ以上短いタイトルはあり得ないのですが、将来「目」とか「歯」という曲ができればタイ記録になります。


▲‎2011‎年‎10‎月‎6‎日武道館コンサートが決まったあとの路上ライブ
雨ですが屋根のある所で歌っていました(当時は眼鏡をかけていません)

2014年12月2日火曜日

WISH UPON A STAR (238/365)

このフレーズは、1940年のディズニー映画「ピノキオ」の主題歌『星に願いを』の原題『When You Wish upon a Star』として知られています。ディズニーランドでも流れているそうです。

多くの人がカバーしていますし、「星に願いを」という日本語訳も定着しています。「When You Wish upon a Star」という表現は意外に知られていないような気がしますが、音楽に興味を持っている人なら当然知っているでしょう。

この曲は「星に願いを」と、曲が似ているわけではないのですが、雰囲気は似ていて、どちらも同じくらいの名曲になっています。

内容は「誰かの笑顔を作れる私になりたい」というフレーズがあるように、星に願いを込める歌です。

星といえば、宮崎奈穂子さんの初期の曲に「ステラ」という作品があります。ステラ(stella)は恒星の意味です。「星が光るのは、微妙なバランスの上に成り立っている」と聞いて、人間の気持ちのバランスとリンクさせたそうです。

もっとも、実際の恒星は安定しており、「微妙なバランス」というのは、何か別の条件があるのを、宮崎奈穂子さんが聞き落としたのだと思います。こうした技術的な問題は、歌の価値には何の影響もないので誤解のないようにお願いします。このブログは、そういうどうでもいいところを取り上げるようになっているから書いているだけです。

『WISH UPON A STAR』には「何億光年の向こう」という表現が登場します。言うまでもなく「光年」は距離の単位で、時間の単位ではありません。真空中で(宇宙はだいたい真空です)光が1年間に進む距離が「1光年」です。

実は、「何億光年の向こうの光」を日常生活で体験することはありません。そのため、科学的な説明ではなく、詩的な表現と解釈してください。ただし、繰り返しますが科学的に不正確な表現があったとしても、歌の価値には何の影響もありません。

「宇宙の距離」について例を挙げましょう。

有名な「夏の大三角」を構成するベガ(こと座)は25光年、アルタイル(わし座)は17光年、デネブ(はくちょう座)はちょっと遠くて1,400光年ですが、それでも億にはとうてい及びません。

ちなみに、銀河系の大きさがざっと10万光年、アンドロメダ銀河(星雲)までが250万光年、裸眼で確認できる最も遠い天体までは314万光年です。

このように、何億光年も離れた星は一般には知られていません。何しろ肉眼で見えないのですから、望遠鏡が発明される以前は知られようがありません。

なお、そんなつまらないことを言っていると、人間関係に支障が出るかもしれませんのでご注意ください。

出典: 光年 (Wikipedia)


▲When You Wish Upon A Star

2014年12月1日月曜日

一生分の恋~Wedding Song~ (237/365)

『歌・こよみ356完全版』には、結婚式の歌が9曲入っています。

  • ずっと ずっと~Wedding Song~ (Disk 6)
  • ふたり 歩いていこう~Wedding Song~ (disk 12)
  • ありがとう~Wedding Song~ (disk 12)
  • お父さんとお母さんへ~Wedding Song~ (disk 12)
  • 春夏秋冬~Wedding Song~  (disk 15)
  • 愛が支えるウエディング~Wedding Song~  (disk 18)
  • 一生分の恋~Wedding Song~  (disk 20)
  • 誓いの言葉~Wedding Song~ (disk 26)
  • 家族~Wedding Song~  (disk 28)

『一生分の恋』は、20枚目に収録されています。

同じ結婚式の歌でも、それぞれに特徴があって、どれもいい曲に仕上がっています。

この曲の特徴は、ラストにも登場するフレーズ

今日から恋人のまま 家族になるね
一生分の恋だと「この人だ」と聞こえたから
今日結婚します

にあります。

もっとも、心理学的には恋愛感情は3ヶ月から3年しか継続しないことが分かっており、愛の質は異性愛から家族愛に変わっていくものだそうです。子供を育てるには、その方が都合がいいからかもしれません。

愛の変質を「恋が覚めた」と感じるか、「より高いステージの愛に到達した」と考えるかは本人次第です。