2014年10月31日金曜日

それでも 今日も戦いにいく(206/365)

ちょっとした一言でモチベーションが落ちてしまい、仕事する気をなくすことってありますね。それでも翌朝はきちんと出社して、仕事をします。

仕事しているうちに、また気分も変わるものです。

分かってるんだよ 働き始めた時のあの気持ち
どっかで落としちゃったみたいだなあ

とありますが、そこに気付けばもう大丈夫です。

庄司薫の小説『赤頭巾ちゃん気を付けて』では、主人公の庄司薫君は「世界中の人が幸せになるにはどうしたらいいか」を考えているうちに、「僕がこんなに考えているのに、誰も分かってくれない」と世の中に対して憎悪の念を抱きます(実際はそんなストレートな表現じゃないのですが、説明を端折ります)。そこへ、偶然出会った女の子と話すうちに初心に返り、「女の子を泣かせない男になろう」と決心します。

アニメ『魔法少女まどかマギカ』では、どんな願い事でも1つ叶える代わりに魔法少女になる契約をします。何人かの魔法少女が登場しますが、どの子も身近な人の幸福を願って契約します。それなのに、幸福を願った人が自分から離れていったり、誤解されたりして、絶望することになります。

たいていの人は、他人の幸せを願って仕事を始めますが、思うように進めないこともありますし、邪魔されることもあります。その結果、自分を責めたり、相手を非難したりするかもしれません。でも、それはもともとの志を否定することになるでしょう。

落ち込んだら、本当は何がしたかったのかを考え直し、直せるところは直し、交渉するところは交渉するべきなんでしょう。

もっとも、それができれば苦労はないわけですが。

ちなみに、庄司薫の小説については新潮文庫のPR文「薫くんが、新潮文庫にやって来た。」が面白いと思いました。


赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)

2014年10月30日木曜日

未来へ(205/365)

待っていても何も変わらないから、自分で未来へ踏み出すしかないという歌。

コンピュータは高価なので、1台を多数で使うことが常識の時代「個人用のコンピュータ」という概念を掲げた人がいます。

ゼロックスの研究所にいたアラン・ケイは、子供の可能性を伸ばすためにコンピュータが使えるのではないかと考え、「ダイナブック」というコンセプトを提唱します。大ざっぱに言ってしまうと、このコンセプトの一部がMacintoshやWindowsにつながります(MacintoshとWindowsは共通の親を持つきょうだいです)。

そのアラン・ケイがこんなことを言っています。

未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ

未来は誰にも分からない。実現を待っていたら、それはもう未来ではなく現在です。未来は現在の続きにあります。ありたい未来があるなら(またはあって欲しくない未来があるなら)、ありたい未来が来るように現在の努力が必要だということでしょうか。

IT業界では大変有名な言葉なので、ぜひ覚えておいてください。

2014年10月29日水曜日

ななつの星に願いを込めて(204/365)

「ななつの星に願いを込めて」の前半に、加筆・修正をしました。転載の転載になりますがご容赦ください。


北海道の農協から依頼された、北海道米の歌です。依頼主「米米北海道のブログ」は、勤務先を説得して楽曲を発注されたそうです。

以前に別のところで書いた記事「北海道で米を作ることと、路上から武道館へ行くこと」の前半と「デジタルカメラの技術と農産物の品質管理」を転載します。


「北海道で米を作ることと、路上から武道館へ行くこと」

どの国の言語でも、文化的に重要なものや身近なものには、少しの違いを区別するための言葉がいくつもできると言われています。

たとえば、英語では雄牛と雌牛、去勢牛を区別しますし、カナダエスキモーには雪を意味する単語がいくつもあるそうです。

そう考えると、日本人に取って「米」は特別なものであることがよく分かります。

植物としての名前は「稲」、収穫したら「米」、調理したら「飯」と、全部違う言葉だからです。

しかも「米を炊いたもの」と「食事一般」が同じ「飯(めし)」あるいは「ご飯」と呼ばれます。「めし」は「召す」に由来し「食べること」だそうです。米だけが食事ではないでしょうに、驚くべき重要性です。

そういうわけで「調理した米」を指すときは「米の飯」という、「頭が頭痛で痛い」的なまどろっこしい言い方をしなければいけません。

北海道では明治初期まで米がとれませんでした。旧北海道は「松前藩」と呼ばれ、米の生産量である「石高」が設定されていましたが、便宜的なものであって、米ではなかったという話です。

明治以降、品種改良が進み、北海道は質・量ともに全国有数の米産地となりましたが、まだまだ知られていません。私も最近まで知りませんでした。私が子供の頃は「米はとれるが、味は良くない」と解説されていたように思います。

 

●ななつの星に願いを込めて~北海道米応援の歌~

そこで、北海道米販売拡大委員会では、北海道米のイメージソングを作ってもらい、PRにつとめることになったようです。歌うのは、作詞・作曲も担当した宮崎奈穂子さん。

できたのは2曲あるのですが、主テーマ「ななつの星に願いを込めて~北海道米応援の歌~」がwebサイトで聞けます(いきなり曲が流れるので注意してください)。

北海道米「ななつぼし」「ゆめぴりか」にかけた歌詞が並びます。

北海道で米作りをしている人の決意と努力がふんわり歌われていて、ななかないい曲なんですが、ちょっと気になったのが「北海道米なんて、と言われた日もあった」という歌い出し。

ふつう、企業や団体をテーマにした曲ではこういうネガティブな言葉は使いませんが、いきなりネガティブです。

確かに、私の年代では北海道米というのは美味しいイメージがありません(今は魚沼産コシヒカリに匹敵するくらい美味しくなっているそうです)。

そもそも、北海道で米を作らなくてもいいだろうという意見もあったと思います。北海道と言えば、酪農やジャガイモ、それからトウモロコシのイメージですよね。

でも、最初に紹介したとおり、日本人にとって米は特別な作物です。どうしても米を作り、自給し、出荷したいと思ったのでしょう。

もともと米作りに適しているとは言えない気候の土地で、おそらくは多くの人に「米は無理だ」「わざわざ米を作らなくてもいいではないか」と言われたのではないかと想像します。他府県はもちろん、きっと地元の方からも言われたのではないでしょうか。

歌を担当した宮崎奈穂子さんは、昨年11月2日に武道館単独コンサートを実現しました。路上ライブから、せいぜい数百人の箱を経験しただけで、いきなり公称席数1万5,000の武道館です。彼女の著書や講演によると「集客なんてできっこない」「武道館でやる意味があるのか」「やるとしても段階を踏むべきだろう」と言う人もたくさんいたそうです。

それでも、子供の頃からの夢だった武道館というのは、彼女にとって特別な意味を持っているのでしょう。最終的に6,000人を集めてコンサートを成功させます。

北海道米の曲を聴きながら、そんなことを思いました。

宮崎奈穂子さんは、「武道館の感謝の気持ちを形にするため、1年で365曲、あなたの歌を作ります」というプロジェクト「歌・こよみ365」に取り組み、1年弱で完成させました。このブログ『Annoutated 「歌・こよみ365」』は、それらの曲すべてにコメントを付けるのが目的です。

「歌・こよみ」には個人の曲も企業の曲もありますが、だいたいにおいて個人の曲の方が盛り上がります。企業だとどうしてもドラマ性が薄まるので、それは仕方ないと思います。そのかわり、安心して聞ける曲になるので別に悪いことでもありません。逆に、個人の曲だと緊張が高まりすぎて疲れることもあります。

北海道米の歌は、企業(団体)対象にしてはドラマ性の高い曲になったのは、冒頭のネガティブな言葉があるからでしょう。

北海道米の歌は、シングルCDとして発売されています。ほとんどは北海道内で配布されるそうですが、先日の「Birthday Eve闇市」で売っていたので購入しました。

シングルには3曲入ってます。3曲目は「夢を歌えば」で、これは「歌・こよみ365曲」のテーマ曲ですから実質2曲です。1曲目が今回紹介している「ななつの星に願いを込めて」、2曲目が「日本一の米所を目指す北海道米の歌 Rice Land Hokkaido」です。この2曲目がさらに衝撃的でした。これについてはまた後日書きたいと思います。

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▲PR用に、こんな携帯ストラップも作っているそうです
「ふかがわまい」とあります。深川市は北海道の北空知に位置します。
「北空知の風の中(196/365)」もあわせてお読みください。

2014年10月28日火曜日

後回し病(203/365)

しなければならないことを後回しにすることは、誰でもよくあると思います。タグは「仕事」としましたが、子供の頃からの話が登場します。

この歌の偉いのは、後回しするのを1日だけやめてみたら、楽しい日になったというところです。普通はそんなことできません。

たいていの人は「特にやりたいわけではないけど、大事なことに取りかかる前に、気になることを片付けよう」ということになります。実際は「本当は気にならないこと」なんですけどね。

その結果、どうなるかというと、徹夜するってことになり、睡魔と戦う『人には 戦わなくちゃいけない時がある(174/365) 』に続きます。

「後回し病」の解決策は「これが終わったら楽しいことをしよう」と、やりたいことを後回しにすることだそうです(直感的に分かりますね)。でも、そんなことができれば苦労はありません。

かつて、宮崎奈穂子さんと同じ事務所にいた田中亜弥さんに『言い訳達人~明日やろうは馬鹿野郎』という素晴らしい歌があります。タイトルがいいですね。


▲振り付き路上ライブ(田中亜弥)

田中亜弥
▲田中亜弥さん(この頃はFighting AYAと名乗ってました)

2014年10月27日月曜日

伝えておきたいこと(202/365)

40年勤めてきた人が、先輩に教えてもらったことを振り返り、次の世代に伝えたいことを語ります。会社勤めのようですから、おそらく定年なのでしょう。これも恩送りのひとつです。

自分に嘘を 決してつかないで生きてください
仕事に厳しく 人に優しくあってください

教科書通りじゃ 人の心は動かない
失敗を恐れずに めいっぱい暴れてください

ひっくり返りそうなくらい 背伸びをしたら疲れるだろう
着飾らないで あるがままの自分で戦ってください

これが伝えたいメッセージですが、言葉にするとどうということはないですね。大事なことは、どういう仕事をしてきたか(見せてきたか)でしょう。

必ずしも尊敬される人にならなくてもいいと思いますが、矛盾した行動はとらないようにしたいと思います。

「メラビアンの法則」という有名な、でも多くの人が間違って解釈している説があります。ベストセラーになった新書『人は見た目が9割』でも、おそらくは意図的に誤った解釈が採用されています。

正しい「メラビアンの法則」はこうです。

感情や態度について矛盾したメッセージが発せられたとき、受け手の影響は以下の比率である。

  • 言語情報(話の内容など)…7%
  • 聴覚情報(口調や言葉の早さなど)…38%
  • 視覚情報(見た目など)…55%

つまり、「あなたが好きです」と言っているのに(言語)、ぞんざいな言葉遣いで(聴覚)、よそ見していると(視覚)、その言葉は信用できない。あるいは「嫌いだ」と言っているのに、じっと見つめていたら、「ほんとは好きなんだな」と思うでしょう(いわゆるツンデレ)。

矛盾しないメッセージを送っている場合、メラビアンの法則は成り立ちません。常識的に考えて、態度と言葉が一致していたら、言葉から得られる情報が一番多いと思いますよね。

2014年10月26日日曜日

セレンディピティ(201/365)

「セレンディピティ」は、思わぬものを偶然に発見する才能を意味します。

この曲は、幸せになりたい女の子が旅の途中で転んだ時、「痛いの痛いの飛んでいけ」というおまじないを教えてもらったことから始まります。

おまじないの効果があったので、偶然見つけた怪我をしたウサギに試したら、やっぱり効果があって、それが嬉しくて、誰かの痛みを治すことが目的になり、女の子の夢は、幸せになることから、幸せに気付いてもらうことになった、という話です(そして、その夢はかないました)。

この話で大事なことは、女の子の目的は変わったものの、結果として「幸せになる」という最初の目的は達成されていることです。

人間は、もともと自分の快楽より、人が喜んでいる姿を見ている方が楽しい性質を持っているようです(「大人って(118/365)」や「ACTION ~あなたが背中を押してくれたから~」で書いた通りです)。

思わぬものを偶然発見したけれど、結果としては当初の目標が達成されているのが面白いと思います。

旅に出て欲しいものを得るといえば、「オズの魔法使い」です。何度か映画やドラマになっていて、ラストは微妙に違うのですが、ストーリーは同じで、ドロシーという少女とともに、脳みそがない(だから考えることができない)カカシ、心のないブリキの木こり、勇気のないライオンとともに旅をする話です。

旅の途中、さまざまな困難なことがありますが、みんなで協力して切り抜けます。最終的に、オズの魔法使いから、粘土の脳、スポンジで作った心臓(英語では心と心臓は同じheartです)、勇気が出る薬と言われたオレンジジュースをもらいます。すべて偽物ですが、全員が旅の途中で、それぞれ欲しいものを手にれていたという話です。

『セレンディピティ』の女の子も、幸せになりたいと思いながら、当初の目的とは違う道に進みますが、結果として幸せになっています。

ちょっと寄り道をしていると思っても、最終的には思いがかなうという話じゃないかと思います。

そもそも、人間のキャリアは偶然の産物であるという説があります。これについては、別のブログで「【読書日記】路上シンガー宮崎奈穂子」という記事を書きました。その一部を抜粋します。


人間のキャリアの多くは偶然作られると言われる。目の前のことに全力で取り組み、できることをやっているうちにキャリアが自然と作られる。1つの目標に固執すると、かえってキャリア形成を阻害する。スタンフォード大学のクランボルツ氏はこれを「計画された偶発性理論」と呼んだ。

クランボルツ氏によると、予想しない偶然的な出来事を活かすには以下の5つの要素が必要だという。

  1. 好奇心
  2. 持続性
  3. 楽観性
  4. 柔軟性
  5. 冒険心(リスクテイキング)

面白いことに、宮崎奈穂子にはこれらの要素がすべて備わっている。彼女は「歌手になる」という目標を立て、一直線に進んでいったように見えるが、本書を読むと案外寄り道の多いことが分かる。小学生のときは、合唱部とブラスバンド部の両方に所属していた。どちらかを選びなさいと迫る母親に対して「両方やる」ときかなかったという(好奇心)。

中学では吹奏楽部に入り、肺活量を付けようとサックスを担当したかったのに、担当したのはパーカッション。しかも最初の半年はメトロノームに合わせて1日3時間机を叩き続けた。もともと「同じことを継続する習慣があった」というが、本意ではないことをこれだけ続けられるのは普通ではない(持続性)。

後になって「この経験が基礎的なリズム感を養うことができた」と振り返るわけだが、当時は「なんでこんなことやっているのだろう、選択を失敗した」と思ったこともあるに違いない。しかし、ここで「歌手になるには無駄な作業だ」と思って、1日30分しか練習しなければ本当の無駄になってしまったかもしれない。3時間やったからこそ役に立ったと言える。

高校では弾き語りができるようになりたくて、ギターをマスターするために軽音学部に入ろうとしたら、マンドリン部に誘われ、そこでクラシックギターを弾いていたという(ギターとマンドリンはセットで演奏されることが多い)。

こうして列挙してみると「歌手」という目標から微妙にずれていることが分かる。本人は大まじめだったと思うが、知らないうちに「目標にとらわれすぎない」という原則を満たしていたことが分かる。


路上シンガー宮崎奈穂子 武道館公演への軌跡 ~Birthday Eve~

2014年10月25日土曜日

笑う 泣く(200/365)

いろいろ難しいことを考えて、分からなくなるけど、結局の所「笑う」「泣く」の繰り返し。

そういえば、娯楽作品もだいたい「笑う」か「泣く」です。芸術作品には「考え込む」というのはありますが、エンターテイメント性の硬いものは「笑う」「泣く」のどちらかです。

犬は時々笑いますし、猫も(犬ほど分かりやすくありませんが)笑います。馬も笑いますね。

でも、「笑うためにストーリーを作る」のは人間だけのようです。

俗に「喜怒哀楽」と言いますが、喜びと楽しみは笑い、怒りと悲しみは泣きます。そう考えると、人間の感情は笑うことと泣くことに集約されるのかもしれません。

でも、笑いが多い方が楽しそうですが、親しい人が亡くなったときなど、ときには泣くことも必要かもしれません。