「努力すれば夢はかなう」は、宮崎奈穂子さんの永遠のテーマですが、実際問題として、かなわない人も多いわけです。
だからといって、最初から「どうせかなわない」と斜に構えるより「まっすぐに」信じてもいいんじゃないかな、という歌です。
この曲のサビの部分のメロディがとてもきれいで、地声から裏声に変わる瞬間は、いつ聞いてもいいものです。文章でこの良さが伝えられないのが残念です。
ところで、この曲に限らず、宮崎奈穂子さんは基本的に「ら」抜き言葉で歌詞を綴ります。年代的に「ら」抜きしか使っていないはずですが、年代の割には言葉に注意する人なので、もしかしたらわざとかもしれません。実際、別のアルバムには「ら」抜きでない歌詞も登場します。
よく知られているように、「れる」をつけて可能動詞に変化させる方法は、五段活用の動詞にしか使えません。
- ○歌う→歌える
- ×食べる→食べれる
しかし、もう何十年も替えから「ら」抜きは一般化しており、20歳代以下の人は「ら」抜きを識別することができないようです。
特に、古語文法でいう「上一段活用」、俗にいう「ひいきにみる」、つまり「放る(ひる)」「居る」「着る」「似る」「見る」などは、高年齢者層でも「ら」抜きが一般化しています。
以前、同僚が「しゃべれる」という言葉を報告書に使ったところ、お客様から「ら抜きはやめてください」と指摘されたという笑い話があります。担当者は確か30歳代だったと思います。
「しゃべる(喋る)」は五段活用ですから、可能動詞としての「しゃべれる」は全く問題がありません。おそらく「食べれる」からの類推で、間違っているような印象を受けるのでしょう。
このように、もはや大人世代でも「ら」抜きを正しく認識することはできなくなりました。
日本語の「れる」には可能と受け身の両方の意味がありますが、可能動詞にすることであいまいさがなくなります。
たとえば、以下の文を読んでください。
- あ、食べられる!
無防備な自分の目前に空腹の猛獣がいるかもしれませんし、繰らず嫌いだった食材を初めて食べた時の言葉かもしれません。
もっとも、目前にいるのが怪獣ツインテールだった場合は、どちらの意味でも正解です。ツインテールは、「帰ってきたウルトラマン」などに登場する怪獣で「肉はエビに似た味で美味」という公式設定があります。
こう書けばどうでしょう
- あ、食べれる!
これなら間違えません。
国語学者によると、「ら」抜きは日本語の自然な変化であり、乱れではなく進化なのだそうです。
ちなみに、清少納言は「枕草子」でこう書いているそうです。
なに事を言ひても、「そのことさせんとす」「いはんとす」「なにせんとす」といふ「と」文字を失ひて、ただ「いはむずる」「里へいでんずる」など言へば、やがていとわろし。
「言わんとす」と言うべきところ「言わむ(ん)する」と「と」を抜いているのは好ましくないというわけです。「と」抜きというわけです。
しかし、後に「むず(る)」は正式な助動詞として定着するそうです。
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